2000冊の本に囲まれて暮らすわたしが出会った宝物のような本〜野生のしらべ〜
2000冊の本に囲まれて暮らしているのですが、冒頭の一行だけで恋に落ちてしまった本が、いくつかあります。
「幼き日々に郷愁なんてない」というひと言で始まる、フランスのピアニスト、エレーヌ・グリモーの自伝的エッセイは、若き日の自分の心に刺さりまくり、宝物のような一冊になりました。その一部を紹介したいと思います。
生きづらさとか、自分らしさとか、そういうことに悩んだことがある方は、涙なしに読めないと思うので、ハンカチを用意してから読んでみてください。
1.「幼き日々に郷愁なんてない」
Je n’ai jamais nostalgie de l’enfance. Tout au long des années qui ont passé, je n’ai jamais éprouvé le sentiment du paradis perdu mais plutôt celui d’un paradis à trouver, ailleurs, en attente. Un paradis inscrit en moi, enseveli.
幼き日々に郷愁なんてない。過ぎ去った年月のどこを見回しても、失われた楽園に思いを馳せたことはない。求める楽園はどこか他のところにあると思っていた。私自身の中に刻まれた、秘められた楽園があると思っていた。
若い頃に、ありのままに自分らしくいられなかったから、「自分の居場所はどこかよそにあるのではないか」とずっと思いながら大人になったという人は少なくないと思います。
そんな人にとっては、刺さりまくる言葉ではないでしょうか。
ありのままの自分を受け入れてもらえないと感じながら大人になった。もしそうなら、自分らしさは自分の中に確かにあるけれど、それを表に出せず、秘めたままで生きてきた、という感覚があるかもしれません。
2.「自分は不協和音だと思っていたけど」
作者エレーヌ・グリモーは、そんな子ども時代に、自分らしくいられる場所が一つありました。それが、南フランスローヌ川河口に広がるカマルグ湿原です。
とやかく言う周りの人もおらず、大自然と一体になって、自分らしくいられた瞬間を、ピアニストらしく、こういうふうに言っています。
Si, partout, j’avais l’impression d’être une fausse note, là, au contre, je participais à une vaste harmonie.
どこにいても、自分は不協和音だと思っていたけど、そこでは反対で、壮大な和音に加わっていた。
変わり者と言われ、周りに馴染めずにいた自分が、自然の中では周囲のことを素直な気持ちで吸収できて、心の引っかかりなしに、思いのままにいられる。そういうふうにして周囲と繋がっている感覚。それは、大きなハーモニーに加わっているかのような感覚と言えるはずです。
3.「単純に、完全に、驚異的に」
Je me roulais dans les vagues. Enfin en amitié avec mon corps, je n’étais ni fille, ni garçon. J’étais simplement, entièrement, et merveilleusement vivant.
私は波間を転げ回り、自分の身体とついに友情を結ぶことができた。女の子でも、男の子でもなかった。単純に、完全に、驚異的に、私は生命に満ち溢れていた。
自然の中で、思い切り心の羽根を広げて駆け回り、風や水のしぶきをからだ全体で感じること。それは社会的属性を離れて、単にひとりの人間としていられること。
そんな言葉が、思い切り吸い込む新鮮な空気のように、心を満たしてくれます。
フランス語は、このようにシンプルな文体が特徴です。その畳み掛ける言葉のリズムの虜になった私は、フランス語の原書の気に入った箇所をノートにひたすら書き写しました。
フランス語の勉強としてというよりは、言葉のすべてを身体に刻んでおきたいというような思いに取り憑かれた感じでした。そんなことを考えると、やっぱり「宝物」のような一冊だと思えるのです。