2000冊の本に囲まれて暮らすわたしが出会った宝物のような本〜ダーバヴィル家のテス〜
本を読むのが好きで、2000冊の本に囲まれて暮らしているのですが、小説はほとんど読まないんです。そんな中で、何度も読み返す大好きな小説があります。
『ダーバヴィル家のテス』は、貧しい農家の娘である主人公テスが、「我が一族はダーバヴィル家という由緒ある名家なのだ」という父親の勘違いから、人生の波乱に巻きこまれていくという一大叙事詩です。
ストーリーもさることながら、言葉での情景描写が素晴らしく、特に、イギリスの農村の描写が美しいです。作者トーマス・ハーディーは、朝日がただ昇る様子を描くだけで、1ページ使うほどです。
そんな『ダーバヴィル家のテス』ですが、特に心動かされた箇所がいくつかあります。
1.「大きな明るい星」
主人公テスが出稼ぎの乳搾りとして働く農場の朝食の場面です。ひとりがあまりにもしゃっくりが止まらないので、誰かが「そんなにしゃっくりしたら魂が抜けていってしまうぞ」と言ったときに、テスが言ったひと言です。
“A very easy way to feel ’em go,” continued Tess, “is to lie on the grass at night and look straight up at some big bright star; and, by fixing your mind upon it, you will soon find that you are hundreds and hundreds o’ miles away from your body, which you don’t seem to want at all.”
「魂が身体から抜けていく。それってとても簡単なんです。」テスは続けた。「夜、草むらに寝そべって、どれかひとつ大きな明るい星を、じっと見るんです。集中してじっと。そうすると、自分の身体から何百マイルも離れていく気がしてくるんです。勝手にそうなるんです。」
私自身も星を見ることは好きで、大きな夜空を見渡すことも、望遠鏡を覗いて遥か彼方の星雲・星団を探すことも好きです。何光年も離れた宇宙の片隅の光が今届いていて、望遠鏡のレンズを通して、光の粒がひしめき合っているのが見える。そんな様子を見ていると、身体が宙に浮いていくような感覚になります。
2.「お百姓さん」
主人公テスは、その農場でエンジェルという青年と恋に落ちます。エンジェルは牧師の息子で恵まれた環境で育ったのですが、旧態依然とした教会の世界に嫌気が差して、農村に飛び込んで泥にまみれて生きることを選びます。
世の中をわかった気でいた彼が、地べたに這いつくばって生きる人々の姿を見て、人間を紋切り型で見てしまっていたことに気づく場面です。
The thought of Pascal’s was brought home to him: “A mesure qu’on a plus d’esprit, on trouve qu’il y a plus d’hommes originaux. Les gens du commun ne trouvent pas de différence entre les hommes.” The typical and unvarying Hodge ceased to exist. He had been disintegrated into a number of varied fellow-creatures—beings of many minds, beings infinite in difference;
『知性のすぐれた人ほど、人の多様さに気づける。凡人は、人々の間の違いに気づけない』というパスカルの思想が、彼には初めて身に染みて分かった。紋切り型で十把一絡げの「お百姓さん」は存在しなくなった。「お百姓さん」はそれぞれ違った多数の人間で、それぞれに異なる心の持ち主で、無限の違いを持つ存在に、分けることができた。
パスカルは大好きな哲学者の一人ですが、『知性のすぐれた人ほど、人の多様さに気づける。凡人は、人々の間の違いに気づけない』という言葉が最高で、人の中身を見ずに、決めつけで見た紋切り型の言葉が聞こえてくるたび、この箇所が、反撃の大砲のように胸に響きます。
教える仕事を長くしていますが、いい先生というのは、決めつけで人を見ずに、それぞれの人の性格の違いや好みを瞬時に見極めることができる知性の持ち主だと思います。
ちなみに、テスとエンジェルは最終的に、悲劇的最期をとげるのですが、それでもなお100年前に書かれた言葉が、心にドスンドスンと響いてくる。やっぱり本っていいなと思います。