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実践!法律文書翻訳講座 第十二回 助動詞など

江口佳実

実践!法律文書翻訳講座

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助動詞など
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今回から、契約書によく使用される助動詞の shall やwill、あるいはこれに類する表現をみてみましょう。法律文書でのこういった助動詞には通常の英語での使い方とは違う意味合いがあり、慣れていない人には疑問に感じられるでしょう。慣れている人も機械的に訳していて特に意味を意識していないかもしれないので、これを機会に確認してください。

まずは前回の宿題から。

【例文】

1. The corporation shall have not less than one (1) nor more than eleven (11) directors and collectively they shall be known as the Board of Directors. The number may be changed by amendment of this Bylaw, or by repeal of this Bylaw and adoption of a new Bylaw, as provided in these Bylaws.

【訳例】
会社は、1人以上および11人以下の取締役を有するものとし、彼らを集団として取締役会というものとする。その数は、本付属定款の修正、または本付属定款の廃止および新しい付属定款の採択によって、これらの付属定款に定めるとおり、変更することができる。

2. ABC may audit the XYZ’s books and records for the preceding 12 months relating to data contained in monthly reports from time to time upon no less than 10 days advance written notice, provided that such audits shall not exceed one per quarter.

【訳例】

ABCは、その時々で、月間報告書に記載されるデータに関連する、これに先立つ12ヶ月間のXYZの会計簿および記録を、遅くとも10日前までの書面での通知により監査することができるが、ただしかかる監査は、1四半期に1回を超えて行ってはならない。

1の not less than one (1) nor more than elevennor は、and not の意味ですので、not less than one and not more than eleven となり、「1以上11以下」です。

2の no less than 10 days advance written notice は、単純に「10日以上前に」としても構いません。no の「少なくとも」という強調の意味を出す場合、「少なくとも10日前の」書面での通知でもいいのですが、「遅くとも10日前までの」書面での通知としたほうが自然な文章になるでしょう。

助動詞のshall と will

【例文】

1. Both parties shall discuss in good faith to enable the amicable resolution of matters, arising in connection with the interpretation or performance of this AGREEMENT.

2. Seller will be responsible for any consequential damages resulting from defects received by Buyer.


上の例文はどちらもよく目にするタイプの条文です。
契約書で1のように shall を用いる場合、shall はその主語となる当事者の法的な義務を示しています。普通の英文で義務を表す助動詞は must がよく用いられますが、契約書では must はめったに用いません。また普通の英文で shall を用いるときは、単純未来を表すことが多いのですが、契約書での shall は、単純未来の意味で用いられることはありません。

shall は上記の通り、強制可能な当事者の義務・債務を表すものなので、やたらと shall を用いた条文の中には誤用もあるようです。日英翻訳の場合は注意してください。
たとえば定義の条項で
The Licensee shall mean…
とするのは、厳密には間違いで、
The Licensee means…
とすべきだといわれることもあります。
でも、実際にはこういう条文にはよく出会います。

では will との違いはどうなのでしょうか。

will は一般に、単純未来を現す助動詞ですが、shall と同様、契約書で使用されると強制可能な義務を表す意味となることがあります。

【例文】

1. The Buyer shall pay the said price to the Seller for all goods supplied at the time of delivery of the goods to the premises of the Buyer.

2. The Seller will supply the goods to the Buyer upon the following terms.

上記の例文1の shall が仮に will になっていたとしても、また例文2のwillshall になっていたとしても、買主は売主に代金を支払わなければならないし、売主は買主に商品を供給しなければならないという義務が変わることはありません。したがってここでのwill shall の意味は、全く同じといっても構いません。

実は上の例文1と2は、同じ契約書の中から取った条文です。そしてその契約書は売主、Seller 側が作成しています。つまり、何となく姑息な感じがするのですが、契約書をドラフトする側は自分の負う義務をなるべく軽めの感じで表現しようとして will を用い、相手方の義務には最も強制力の強い shall を用いることがあるようです。この契約書は Seller の企業のHPに掲載されている売買条件なので、当然 Seller が一方的に条文を作成していますが、企業 vs 企業で契約の交渉を行う際にも、こういった手口(といってはなんですが)を使おうとすることがあるようです。

では、訳し方はどうでしょうか。

shall の場合は「~するものとする」という訳し方をすることが多いです。
日本の法令用語での「~するものとする」は、厳密には「~しなければならない」より、やや弱い義務、強制力になる表現なのですが、契約書で「~しなければならない」を用いるのは表現として強すぎるので、「~するものとする」を使うのが主流です。

will の場合も、上記の通り shall と同じ義務・強制の意味で用いられているときは「~するものとする」でOKです。すべての義務・強制の条文でwill で統一されている場合も、shall will が混用されている場合(はっきりいって、良い契約書ではありません)も、「~するものとする」で構いません。心配ならその旨を訳者注などで申し送りしておきましょう。

一方で、shallならば必ず「~するものとする」と訳しているかというと、そうとも限りません。
たとえば、前述したように、当事者の義務ではない部分で shall が用いられていたら、「~するものとする」と訳す必要はありません。

【例文】

This Agreement sets forth the entire agreement between the parties, and it shall supersede all prior understanding or agreements between the parties, whether written or oral.

【訳例】

本契約は、両当事者間の完全なる合意を定めており、書面であるか口頭であるかにかかわらず、両当事者間の従前の了解事項または合意事項の全てに取って代わる。

また、shall not などのように否定形になっている場合は、「~してはならない」という禁止・不作為義務の意味になります。

【例文】

Users shall not remove any copyright, trademark or other intellectual property or proprietary notice or legend contained on the Site or its content.

【訳例】

ユーザーは、本サイトまたはそのコンテンツ内に記載されている、著作権、商標、またはその他の知的財産権もしくは所有権に関する注意文または警告文を、削除してはならない。

では、宿題です。

宿題

1. If the Licensed Materials fail to operate in conformance with the terms of this Agreement, Licensee shall immediately notify Licensor, and Licensor shall promptly use reasonable efforts to restore access to the Licensed Materials as soon as possible.

2. Nothing in this License shall be deemed to grant any rights to trademarks, copyrights, patents, trade secrets or any other intellectual property of Licensor or any Contributor except as expressly stated herein.

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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