TRANSLATION

実践!法律文書翻訳講座 第一回 長文に慣れる

江口佳実

実践!法律文書翻訳講座

実践!法律文書翻訳講座
第一回 長文に慣れる
>>次の回へ      

法律文書の翻訳で直面する難しさの1つに、条文がとてつもなく長い場合がある、ということが挙げられると思います。
法律文書を作成する目的は、伝えるべきことを正確かつ網羅的に伝えておくことなので、文書の書き手は、読みやすい文章とか名文を作成しようとは考えていないのです。

でも、主語と動詞がそれぞれどこにあるのか分からないほど長かったり、途中であれこれと継ぎ足されたような条文を見ると、正直、げんなりしますよね。だからといって、そこで翻訳を放棄するわけにはいかないですから、長い条文を処理するコツを、いくつかお教えしましょう。
最近では皆さん訳文作成にワープロソフトやテキストエディタを使用されていて、手書きということはないでしょうから、そのような前提で訳文の作り方を考えていきます。

では、ちょっとやってみましょう。

【例文】  ※イメージはこちらをご覧下さい

The Company shall indemnify the Director, if the Director was or is a party or is threatened to be made a party to any threatened, pending or completed action, suit or proceeding, whether civil, criminal, administrative or investigative (other than an action by or in the right of the Company) by reason of the fact that he is or was a director, officer, employee or agent of the Company or any subsidiary thereof ("ABC "), or is or was serving at the request of ABC as a director, officer, employee or agent of another corporation, partnership, joint venture, trust or other enterprise against expenses (including attorneys’ fees), judgments, fines and amounts paid in settlement actually and reasonably incurred by him in connection with such action, suit or proceeding if he acted in good faith and in a manner he reasonably believed to be in or not opposed to the best interests of ABC, and, with respect to any criminal action or proceeding, had no reasonable cause to believe his conduct was unlawful.

1.構成を把握する

法律文書に限らず、1つの文章を訳す時に必ず行う作業は、1) 主語はどれで、動詞はどこにあるのか、を見つけることです。2) 次は、動詞は目的語をとる動詞なのか、補語をとる動詞なのかも見分けます。中学校の英語で勉強しましたよね。S+V+O とか、S+V+C という、アレです。3) そこまで分かれば、あとは全て修飾です。

何行にもわたる条文の場合は、なんなら最初はその文章だけでもプリントアウトし、色鉛筆で主語、動詞、目的語……と、色を分けて下線を引いていくなど工夫してもいいかもしれません (ワープロソフトなら、例文のように文字の色を変えたり下線を変えるなどでも構いません:例文のイメージをご覧下さい)。そのうちに慣れてきて、そんなことをしなくてもいいようになります。

上の例文はとても長いですが、それでも1つの文章です。その中で、冒頭の太字にして文字を色分けした部分が[主語+動詞+目的語]から成る主節です。あとは全て、「~した場合に」「~に関して」といった、修飾句または修飾節です。

ですからまず、「会社は、取締役を補償するものとする」と、訳文を書き出してしまうのです。ここが、スタートポイントです。

2.カッコはあとから


条文には、カッコで括られた長い但し書きや説明書きが入ることも多いものです。カッコ書きは、訳文が出来上がってから後で挿入すればいいので、とりあえずは無視して訳文を作ります。上の例文では赤文字にしておきました。

3.分割して1つずつ

次に、上の例文で下線や色分けをしてあるように、主節以外の残りの部分を、節や句の区切りで分割し、1つずつ、それが節なのか句なのか、節ならば副詞節なのか形容詞節なのか、形容詞節だとしたらどの名詞を修飾しているのか、といったことを分析していきます。

全文を一気にやる必要はないのです。ワープロやエディタを使っているのですから、分かったところから書き足していけばいいので、前から順番に、1つずつ訳して、1で作った訳文「会社は、取締役を補償するものとする」に書き足していきましょう。

例文ではざっと分割しましたが、もっと細かく分けることも可能です。やりやすいように、自分で工夫してください。

試しに少しやってみますね。
1)  if the Director was or is a party or is threatened to be made a party to any threatened, pending or completed action, suit or proceeding の部分

これをさらに、次のように分けます。
if the Director was or is a party
or is threatened to be made a party
to any threatened, pending or completed action, suit or proceeding 

取締役が当事者であった、もしくは当事者である場合、
または当事者になるという恐れがある場合、
発生の恐れがある、係争中の、または終了した裁判、訴訟、または法的手続きの

取締役が、発生の恐れがある、係争中の、または終了した裁判、訴訟、または法的手続きの当事者であった、もしくは当事者である場合、または当事者になるという恐れがある場合、

取締役が、発生の恐れがある、係争中の、または終了した裁判、訴訟、または法的手続きの当事者であった、もしくは当事者である場合、または当事者になるという恐れがある場合、会社は、取締役を補償するものとする」

どうですか?
こうやって区切って1つずつ攻めていけば、どんな長文だってへっちゃらでしょう?

宿題

本講座からは、宿題を出します!
次回でその解答と解説をいたします。
第1回の宿題は、上記のコツを使って上の例文の訳を完成させることです。
区切るところまではお見せしているのですから、カンタン、カンタン!
Let’s try!

目次へ戻る
このコーナーへのご質問・ご感想はこちら
>>次の回へ      


Written by

記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

END