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カンタン法律文書講座 第十六回 日本語の法律用語・表現

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第十六回 日本語の法律用語・表現

前回までは3回にわたって、注意すべき英語の法律用語についてお話しました。
今回は、日本語の法律用語の意味や使い方について、注意するべきものをいくつか取り上げてみます。

日本人が和訳をする際は、日本語だから、母国語だからと油断しがちですが、法律文書に用いられるときは特殊な意味を持つものが少なからずありますので、気をつけなければなりません。「あれ?」と思ったら面倒がらずに、辞書を引いて調べましょう。

どんな分野でもそうですが、法律文書を翻訳する際も、専門用語の辞書はいくつか揃えておきましょう。英和/和英の法律用語辞典の他に、日本語の法律用語辞典、英語の Law Dictionary (有名なのは BLACK’S LAW DICTIONARY)、日本語で書かれた英米法辞典(有名なのは東京大学出版会の『英米法辞典』)、そして六法(ポケット六法でいいです)は最低でも必要ではないでしょうか。

◆および/ならびに、または/もしくは

英語では and と or でしか表現されませんが、日本語では上記の表現を使い分けます。

A and B A および B
A and B, and C A および B、ならびに C
A or B Aまたは B
A or B, or C Aもしくは B、または C

ただし、小さな括りが必ず前にあるとは限りません。「A, and B and C=A ならびに B および C」という順番かもしれません。or でも同じです。

また、小さな括りの前後にカンマ「,」が入っているとは限りませんので、どこが小さな括りなのかは、文脈や意味から見極めなければなりません。

【例文】

“Intellectual Property Rights” means all patents, copyrights and design rights, and all Know-How whensoever and howsoever arising for the full term thereof and all renewals and extensions thereof.

【訳文】

「本件知的財産権」とは、いつ生じたか、かつどのように生じたかに関わらず、すべての特許権、著作権、および意匠権、ならびにすべての本件ノウハウの、その全存続期間ならびにその更新および延長期間のすべてにあるものをいう。

【例文】

“Event of Force Majeure” means any cause affecting the performance of this Agreement arising from any acts, events, non-happenings, omissions or accidents beyond the reasonable control of the Party to perform and in particular but without limiting the generality thereof shall include strikes, lock-outs, industrial action, riot, invasion, war, threat of or preparation for war, fire, explosion, storm, flood, earthquake, epidemic or other natural physical disaster, or impossibility of the use of railways, shipping, aircraft, motor transport, or other means of public transport.

【訳文】

「不可抗力事由」とは、本契約の履行に影響を与えるあらゆる理由で、かつ、履行する当事者の合理的な支配を超える行為、出来事、起こらなかったこと、不作為、または事故から発生するものをいい、とくに、ただしこれらの一般性を損なうことなく、ストライキ、工場閉鎖、労働争議、暴動、侵略、戦争、戦争の恐れもしくはその準備、火災、爆発、嵐、洪水、地震、伝染病、もしくはその他の自然による物理的な災害、または鉄道・船舶・航空機・自動車もしくはその他による公的な輸送機関の利用不能などが含まれるものとする。

◆「場合」と「とき」と「時」

普通の日本語で、この3つの意味に違いがあるものとして使い分けることはありませんが、法律用語では、使い分けがあります。

「場合」と「とき」は、仮定的な条件を示す場合に用います。
「時」のほうは、その「時点」を意味する場合に用います。

【例文】

Either Party shall have the right to terminate this Agreement forthwith at any time by notice in writing to the other Party if any of the following events happens.

【訳文】

いずれの当事者も、以下の事由のいずれかが発生した場合、他方当事者にその旨を書面で通知することにより、随時、遅滞なく、本契約を解除する権利を有するものとする。

上の例文では、原文が if ではなく when になっていても、「時」と訳さず、「場合」あるいは「とき」と訳さなければなりません。「時」と訳すと、解除が発効する時点が、「いずれかの事由が発生した」時点になってしまい、書面で通知する前になってしまい、この条件内で矛盾が出てしまいます。

「場合」と「とき」の使い分けは、二つの前提条件が重なっているときに、大きな前提条件を「場合」で表し、小さな前提条件を「とき」で表すのが通例とされています。

◆「規定」と「規程」

「規定」は、法律用語としては、法令中の一つひとつの条項の定めをいいます。
例:「第16条の規定により、……」

「規程」のほうは、特定の目的のために設けられた一連の規則の総体を指し、その名称に用いられます。
例:「内部監査規程」「独立行政法人国立美術館規程」

英語で言うと、「規定」のほうは provision、「規程」は rules とか regulation がこれに相当するでしょう。

◆「無効」と「取消し」

この2つも区別して使用しなければならない代表的な表現です。
「無効」とは、たとえば契約ならば、その契約の締結時に遡って最初から効力がないことを指します。

:公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル法律行為ハ無効トス(民法第90条)

解説:ここでの「法律行為」とは例えば契約などを指します。「公の秩序または善良の風俗に反する契約」というのは、例えば人を殺させる契約とか、売春の契約などが想定できるでしょうか。そういった契約は、たとえ契約書をきちんと交わし代金を払うなどの形式的には成立した契約でも、無効とすると定めているのです。

この「無効」に相当する英語は、void、null and void、invalid、nullified、void ab initio(当初より無効)などがあります。

【例文】

If any provision of this Agreement shall be declared void, invalid or unenforceable for any reason by a court of competent jurisdiction, the remaining provisions shall continue in full force and effect.

【訳文】

本契約のいずれかの規定が管轄権を有する裁判所によって何らかの理由で無効または強制不能と判断された場合も、残りの規定は引き続き、完全に有効であるものとする。

これに対して「取消し」(「取り消し」と書かないようにしてください。「取消し」または「取消」です)の方は、当事者の意向に基づく取消し行為によって効力を失わせることができるというものです。

例:詐欺又ハ強迫ニ因ル意思表示ハ取消スコトヲ得。(民法第96条1項)

解説:「意思表示」には、例えば結婚の意思表示とか、勤め先を退職する意思表示とか、財産を誰かに相続させるという意思表示などがあるでしょう。こういった意思表示を行ったときに、誰かから騙されてとか強迫されたために行った場合は、これを取消すことができるよ、ということです。ただし、取消すためには当事者が「取消し」を申立て、詐欺や強迫があったことを立証しなければなりません。

「取消し」に相当する英語には、voidable があります。

【例文】

Except as otherwise set forth herein, your rights under this Agreement are not assignable or transferable. Any attempt by your creditors to obtain an interest in your rights under this Agreement, whether by attachment, levy, garnishment or otherwise, renders this Agreement voidable at Licensor’s option.

【訳文】

本契約書に別段の定めがある場合を除き、本契約に基づく貴殿の権利は、譲渡不能です。貴殿の債権者が、担保権の設定、差し押さえ、債権差押通告、またはその他によって本契約に基づく貴殿の権利に対する権利を取得しようと試みた場合、ライセンサーの選択により、本契約を取消すことが可能です。

◆「みなす」と「推定する」

たとえば、民法第31条では、「……失踪ノ宣告ヲ受ケタル者ハ……死亡シタルモノト看做シ……」とあります。この「看做し(みなし)」は、「失踪」と「死亡」は、本来別のことであるが、この法律の効力によって、同一のものとして取り扱う、ということなのです。
これを、難しい言葉で言うと「法の擬制」といいます。

一方、「推定する」の方は、たとえば「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」(民法772条1項)といった使い方がされますが、民法774条で「第772条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる」と定めており、「推定」に対して反論することを認めています。
「みなす」では、反論の余地を認めません。

例:胎児は、相続については、すでに生まれたものとみなす。(民法第886条1項)

解説:「相続については」という条件付ですが、胎児はまだ生まれていないけれども、すでに生まれたものとみなして、相続権を認めるという考え方です。これには、「生まれていないじゃないか」と反論することが認められていません。

「みなす」に相当する英語は、be deemed to…、または be considered to…になります。

【例文】

All notices required or permitted under this Agreement shall be deemed to have been received by a Party when delivered by post, on the fifth business day after posting, when delivered by hand, on the day of delivery, or when delivered by fax, on the day of dispatch with a written confirmation.

【訳文】

本契約に基づき必要なまたは認められる通知はすべて、郵便で送付された場合は投函から5営業日目に、直接手渡された場合は手渡されたその日に、またはファックスで送信された場合は送信された日に、相手方当事者により受領されたとみなされるものとする。ファックスの場合は、書面で受け取りの確認を取るものとする。

「推定する」に相当する英語は、be presumed to… とか be assumed to…などを用います。

【例文】

The pay and allowance of a member of the Regular Force or of the Reserve Force on Class “C” Reserve Service who dies or is presumed to have died shall be credited as prescribed in QR&O 203.11. When a member dies or is presumed to have died while on leave without pay, QR&O 203.11(3) does not apply because pay and allowances are not “in issue”.

【訳文】

正規軍またはクラス「C」の予備役に参加している従業員で死亡したまたは死亡したと推定される者の給与および諸手当は、QR&O 203.11に規定されるとおり、支給されるものとする。無給休暇の間に死亡したまたは死亡したと推定される従業員については、給与および諸手当は「問題ではない」ので、QR&O 203.11は適用されない。

 

今回は、日本語の法律用語で注意して使用するべきものをいくつか取り上げました。これですべてではありません。法律用語に特殊な意味があるのは、英語でも日本語でも同様であるという意識を常に持ち、勉強していくことが必要だと思います。

次回は、契約書によく登場する/言及される、法律、条約、国際機関などを紹介します。
では、お楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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