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カンタン法律文書講座 第十五回 英米法の文書に特徴的な表現 (3)

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第十五回 英米法の文書に特徴的な表現 (3)

前回、前々回に引き続き、英米法の文書に特徴的な表現をご紹介します。今回は3回目で、このテーマでは最後になります。

○ありふれた単語・フレーズで、法律特有の意味を持つもの

(1)や(2)でご紹介してきたような古い英語だったりラテン語などではなく、ごく一般によく用いられる単語やフレーズでも、契約書や法律文書で用いられるときは、意味や使い方に注意しなければならないものがあります。
たとえば、12回「英米法のお話(2)」で取り上げた consideration もその1つです。consideration は一般的には、「考慮・思いやり」といった意味ですが、契約書で使用される場合には「約因」という、特殊な意味になることが多い単語です。では、その他にどんなものがあるか、見ていきましょう。

◆action, suit, trial, proceeding

action は通常、「活動」とか「行動」という意味ですが、法律用語になると「訴訟」「法的措置」という意味になります。民事のものを civil action、刑事のものを criminal action といいます。cause of action は「訴訟原因」と訳し、その訴訟を起こすに足る権利義務を発生させる事実を意味する重要な概念です。
suit はいわゆる衣服の「スーツ」ですが、法律用語では「訴訟」です。law suit といった形で、法律文書以外でも、新聞記事などで目にすることが多い表現です。動詞は sue (訴える) になります。誰かが誰かを訴えることを指し、通常は民事訴訟に用いられます。もともとは action at law と suit in equity (※ at law と in equity の意味は、第11回の講座を参照してください) として区別していたものです。
trial は、裁判所で行われる「正式事実審理」「公判」を指します。trial by jury は「陪審審理」、trial judge は「事実審裁判官」です。
proceeding は一般には「進行状態」という意味ですが、法律用語では裁判の開始から判決が記録されるまでの一連の手続きや進行を指し「事件」「訴訟手続き」と訳します。criminal proceeding といえば刑事裁判の一連の行為を言いますし、summary proceeding は、陪審をおかずに簡易に行われる裁判手続きの事を言います。

◆bar, bench, party

bar は、一般には「棒」あるいは「(酒場の)バー」という意味ですが、法律用語としては法廷とか弁護士団の事を指します。昔、英国の法廷に、実際に裁判が進行される場所と傍聴人席の間に長い手すりがあったことからきています。英国では裁判で弁論する弁護士を barrister といいますが、イングランドとウェールズの barrister の団体が the Bar Council (バリスタ評議会) です。英国にはバリスタではなく、事務弁護士 solicitor と呼ばれる弁護士もいて、こちらは the Law Society (ロー・ソサエティ) という団体に所属します。アメリカには弁護士の種類の区別はなく、州ごとに弁護士がいて、the American Bar Association (米国法曹協会)という全国組織があります。
この bar に対して、裁判官の集団の方を the bench と呼ぶことがあります。これもやはり、法廷で裁判官が座っている場所からきた表現です。
party は一般にはいわゆる「パーティ」、あるいは「政党」という意味もありますね。法律用語としては、「当事者」です。契約書では必ず登場する言葉です。「~の当事者」というときの前置詞に注意しましょう。the party to this Agreement です。of とか in 、for などを使用しないように。

◆appear, find, hear, move

appear は、一般には「現れる」ですが、法律用語では「出廷する」という意味になります。名詞はappearance で「出廷」。
find は「見つける」ですが、法律用語では裁判で「事実認定を行う」ことをいいます。たとえば殺人事件の裁判では、被告が本当に被害者を殺したという「事実」があったかどうかなどの、裁判で争点となることが存在したかどうかを1つずつ認定していきます。名詞形は finding で、general finding, special finding, fact-finding といった使い方をします。
hear は「聞く」ですが、法律用語としては「審理を行う」です。名詞形は hearing。裁判だけではなく、仲裁機関や行政機関、議会などで、当事者や証人の意見を聴取する時にも使います。
move は、法律用語では「動議を出す」という意味になります。名詞形は motion。訴訟の当事者が裁判所に対して、何らかの申立てをする場合に使います。たとえば、motion for new trial で、「再審理の申立て」という意味になります。

◆damages, presents

単数の damage は「ダメージ」「被害」「損傷」という意味ですが、複数で damages になると、「損害賠償(金)」という意味になります。同様に、present は、「現在」、あるいは「贈物」と意味ですが、法律用語として複数で presents となると、「本状」「本証書」という意味になります(第13回のPower of Attorneyのところを参照してください)。

◆deed, bill, instrument

deed は「行為」という意味ですが、法律用語としては「捺印証書」という意味になります。捺印証書とは元々、紙や羊皮紙に書名・捺印し、相手方に交付する (deliver) 文書をいいました。契約書もその一種です。deed of covenant、deed of release、deed of arrangement など。bill は、一般には「勘定書」「請求書」という意味で使われることが多いでしょうが、bill of exchange (為替手形)、bill of lading (船荷証券) などでは、「証書」「為替手形」という意味に、bill of indictment (起訴状) などでは「訴状」という意味になります。その他、議会に提出される「法案」という意味もありますし、Bill of Rights というと、有名な1689年の「権利章典」ですね。instrument は一般には「器具」とか「楽器」という意味ですが、法律用語としては契約書や証書、遺書などの「法的文書」、あるいは「証券」「手形」「金銭債務証書」という意味になります。negotiable instrument は「流通証券」、instrument of transferは「株式譲渡証書」です。

◆serve, provide, execute, hold, enter into

serve は通常は、「仕える」「役目を果たす」などの意味ですが、法律用語としては、令状、訴状、契約の相手方への文書などを「送達する」という意味になります。名詞形は service。service of process ということもあります。provide は一般には「提供する」ですが、法律文書では「定める」「規定する」という意味で用いられることが多い動詞です。名詞形の provision になると、契約書や法律などの個々の条文や、一つひとつの「定め」「規定」という意味です。execute は「実行する」という意味の動詞ですが、契約書では契約書に「署名・捺印する」、契約を「締結する」という意味になります。hold は、何かを「支える」「維持する」、パーティなどを「開く」など、様々な意味がありますが、法律用語として「判示する」という意味で用いることがあります。enter into は、普通なら「~に入る」ですが、法律用語としては、契約を「締結する」という意味になります。契約書の冒頭部分で必ずと言っていいほど使用される表現なので、例えば本講座の第1回の例文などで確認してください。

【例文】

Any notice to be given hereunder to the other Party, if sent through facsimile, shall be deemed to be served on receipt of an error free transmission report or, if sent by registered mail, shall be deemed to be served two days following the date of posting.

【訳文】

本契約に基づき他方当事者に対して送付される通知はすべて、ファクシミリで送付された場合は、障害なく送信された旨のレポートを受領した時点で送達されたとみなされるものとし、書留郵便で送付された場合は、投函された日から2日後に送達されたとみなされるものとする。

【例文】

If any provision of this Agreement is held invalid or unenforceable by any court of competent jurisdiction, the other provisions of this Agreement shall remain in full force and effect. The Parties agree to replace such invalid or unenforceable provision with a valid and enforceable provision that will achieve, to the extent possible, the economic, business and other purposes of such invalid or unenforceable provision.

【訳文】

本契約のいずれかの定めが、管轄権を有するいずれかの裁判所によって、無効であるまたは強制不能であると判示されたとしても、本契約の残りの定めは引き続き、完全に有効であるものとする。両当事者は、かかる無効または強制不能な定めを、可能な限りかかる無効または強制不能な定めの経済上、事業上およびその他の目的を達成する、有効かつ強制可能な定めと差し替えるものとする。

◆without prejudice, subject to, by virtue of

これらは法律文書にしょっちゅう登場する、慣用的な表現です。
without prejudice の prejudice は、「偏見・先入観」という意味ではなく、「不利益」という意味です。
subject は、名詞では「主題」「主語」「学科」などの意味がありますが、be subject to と形容詞になると、「(~の影響・支配などを)受けやすい/受けなければならない」「~に従う」「~を条件とする」という意味になります。
by virtue of のvirtue は、通常は「美徳」ですが、「効力」という意味もあり、by virtue of で、「~の効力によって」となります。

【例文】

Without prejudice to any other rights, Licensor may terminate this Agreement if Licensee fails to comply with the terms and conditions of this Agreement.

【訳文】

ライセンシーが本契約の諸条件を守らない場合、ライセンサーは、その他の権利を損なうことなく、本契約を解除することができる。

【例文】

The prices listed here are subject to change without advanced notice.

【訳文】

ここに記載する価格は、事前の通知なく変更される場合があります。

【例文】

Subject to the terms and conditions of this Agreement, Licensor hereby grants Licensee a worldwide, royalty-free, non-exclusive license to exercise the rights in the Product as stated below:

【訳文】

本契約の諸条件に従い、ライセンサーはここに、ライセンシーに対して、以下に明記するとおり、本件製品に対する権利を行使するための、全世界での、ロイヤルティ無料の、非独占的ライセンスを付与する。

【例文】

Recipient understands that no trademark rights are granted by virtue of this Agreement; any licensing of such rights will require a separate agreement.

【訳文】

受益者は、本契約の効力によって、いかなる商標権も付与されてはいないことを了解する。かかる権利のライセンス付与は、別個の合意を必要とする。

 

さて、前回、前々回に引き続き、英米法の文書に特徴的な表現を、いくつか抜粋してご紹介しました。今回は特に、一見普通の英語でありながら法律特有の意味を持つものを集めましたが、今までご紹介した表現のように、見慣れないスペルのお陰で一目で特殊な用語と分かるわけではないため、知らないと、原文を読んだ時にちんぷんかんぷんで、意味が分からず立ち往生してしまいかねません。最低でも今回挙げたものくらいは覚えてしまいましょう。

次回は、法律文書を英文和訳をする際に注意するべき日本語の法令用語について、お話します。
どうぞ、お楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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