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金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第23回 株式ファンドの四半期運用報告書④

こんにちは。前回まで、株式ファンドの四半期運用報告書のうち、「市場概況」「運用成績」「ポジショニング」と見てきましたので、今回は「パフォーマンスへの寄与要因」を訳して、このシリーズを終えたいと思います。

これまで見てきたように、「市場概況」は、経済・市場の全般的な動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説、「運用成績」は、報告対象となる期間(当期)にファンドがどの程度のリターン(利益)を上げたか、あるいは損失を出したか、「ポジショニング」は、どの資産にどの程度のウェイトで資金を振り向けているかを説明する部分でした。今回見て行く「パフォーマンスへの寄与要因」は、個別の株式や債券、戦略がファンドのパフォーマンスに貢献したか、逆に足を引っ張ることになったのか、そうだとすればどの程度か、などの説明をする部分です。

個別の銘柄や戦略が良い/悪い成績だったので、このポジションを①引き続き保有、②積み増し、③削減、④クローズ(解消)するなどの判断につながるわけです。また良好なパフォーマンスが見込めそうな銘柄や戦略があれば、そのポジションを⑤開始/構築することになります。

それでは今回の課題を見てみることにしましょう。

【課題】
The Fund's allocations to international stocks and domestic large-cap stocks contributed to performance, as both strategies outperformed the Fund's benchmark.

まずallocationsは、asset allocation(資産配分、アセットアロケーション)という言葉があるように、資産をどの資産に配分するかということ。クライアントの好みに合わせる必要がありますので、一概には言えませんが、文脈によって「ポジション」「戦略」としたり、あえて訳さなかったり、説明的に訳したり、いろいろです。

international/domestic stocksは「グローバル株式」と「国内株式」。説明的に「世界の株式」「国内の株式」などとすることもあります。「株式」は「銘柄」でもOKです。(「インターナショナル株式」という日本語は、わたしの経験では見たことがありません)

またこのファンドが米国のファンドであるとすると、当然ながらdomesticは「米国の」ですから、「米国株式/銘柄」も可です。

large-cap stocksは「大型株」。

以前も説明しましたが、large-cap equities(大型株)は時価総額が大きめの銘柄ということ。大型株は発行株式数が多いため、流動性が高く(つまり売りたい/買いたい時に売りやすい/買いやすい)、株価が安定しやすいという特徴があります。逆にsmall-cap equities(小型株)は株価が変動しやすいため、運用次第では高いリターンにつなげることができる反面、損失も大きくなる傾向があります。

benchmarkは、ファンドや投資信託が運用の参考としている指標のことです。日本株式の運用時の指標としては、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)、米国株式市場では「S&P 500種指数」「ダウ工業株30種平均」などがよく用いられます。例えば当期のS&Pの成績が+2%のところ、そのファンドの成績が+5%であったならoutperform、+1%であったならunderperformとなります。訳としては、「ベンチマーク」「参考指標」など。

次にstrategies。日本語で「戦略」というと、なにやら大仰で、複雑な操作が必要な感じがしますが、今回の場合はシンプルに「世界の株式」「国内(米国)の大型株」にallocations to=資金を配分、すなわち「購入する」ことを指しています。

ファンドによっても異なりますが、要は、個別の銘柄(例:トヨタ株、Apple社債、米国10年国債など)ではなく、幾つかの資産をまとめて運用する場合に「戦略」と呼ばれることが多いように思います。今回のように「米国の大型株を購入する(ロングする)」といったごくシンプルなものもあれば、複数の資産クラス(株式、債券、為替など)を購入(ロング)/売却(ショート)し、さらにはオプションなどデリバティブ(派生商品)を絡み合わせるなど、非常に複雑な手法も存在します。一つのファンドの中で、複雑怪奇な「戦略」が何十も存在し、それらを理解するだけで一苦労、ということもあります。これについては、いつかお話できればと思います。

さて、内容の理解だけでずいぶんと紙幅を使ってしまいました。以上を頭に入れ、ですます調で訳してみましょう。

The Fund's allocations to international stocks and domestic large-cap stocks contributed to performance, as both strategies outperformed the Fund's benchmark.

【試訳】
・「グローバル株式」戦略および「米国大型株」戦略がパフォーマンスにプラスに寄与しました。いずれも当ファンドのベンチマークをアウトパフォームしたことが背景にあります。
・「グローバル株式」戦略および「米国大型株」戦略がいずれもベンチマークを上回って推移した結果、当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与することとなりました。

contributed to performanceは「パフォーマンスに貢献」ですが、運用報告の場合、多くは「貢献」でなく「寄与」という単語を使うことが多いように思います。

また今回は文脈から「プラス方向」の貢献であることが明らかですので、「プラスに寄与」としました。英語でもcontributed positively/negativelyとなどと表現することがあります。negativelyの場合は当然ながら「マイナスの寄与」です。


第22回 機械的に訳すと意味不明!③

こんにちは。運用報告書が続いて、筆者も少し疲れてきましたので(笑)、今回は「機械的に訳すと意味不明」シリーズ第3弾をお届けします。

【課題】
A weakening Sterling periodically is a major concern.

短いのにかなりの難物です。まずもって問題はperiodically。そのほか、A weakening Sterlingも気になります。このように動きを示す表現や比較級が名詞句に入っていると、日本語ではなかなか処理が難しいですよね。しかし上下や増減、頻度を話題にすることが多い金融の世界では、この手の文章が頻出します。マネーが動き、市場が動き、世の中が動くことこそが金融の世界だからです。よってA weak Sterling is a concern.だったらどんなに良かったか、とグチを言うのはやめて、さっそく見て行きましょう。

と、せっかくですのでA weak Sterling is a concern.の訳を考えてみましょうか。

弱い英ポンド/英ポンドの弱さ/英ポンド安/安値圏で推移する英ポンド

懸念となっています/懸念されます/懸念されています/懸念材料です/懸念要因となっています。

こんな短い文章でも、ずいぶんとバリエーションを作れるものですね。主語の訳にどれを選ぶかは非常に微妙ですが、文脈によってどれか一つしか使えない場面もあると思います。よって慎重な検討が必要です。動詞部分も同様。

それでは改めまして課題を見て行きましょう。

A weakening Sterling periodically is a major concern.

まずA weakening Sterling。先程も使った「英ポンド安」は、「英ポンド相場が安値圏にあること」と「英ポンド相場が下落基調にあること」の両方を示すことができるように思いますので、weakening Sterlingの訳として使うことも可能です。

そのあたり、日本語は曖昧といえば曖昧ですので、十分な紙幅があって、しっかり動きを示したい場合は、上記の「下落基調にある英ポンド」とか、「英ポンドの弱含み」「弱含みで推移する英ポンド」「英ポンド安の動き」など、様々な表現が可能。(「英ポンド」だけでなく「英ポンド相場」とした方が、きちんとした感じになります)

concernの部分は、上記で挙げた「懸念されます」「懸念材料(要因)です」などでしょうか。「材料」「要因」は、金融らしい文章にするために非常に便利な言葉ですので、ぜひ使いこなせるようにしておきましょう。

例えば、The returns were boosted by sterling weakness.を「英ポンド安がリターンを押し上げました」ではなく、「英ポンド安がリターンを押し上げる要因となりました」とすると、ぐっと「それっぽく」なります。

さて、最後にperiodicallyです。

辞書を引きますと、第一義として「周期的な、定時の」などとありますが、為替市場の仕組みから言って、英ポンド安が測ったような間隔で起こるとは考えにくいので、「一定の時間ごと」を連想させる言葉はNG。辞書の第一義そのまま、あるいは字面の印象そのままの「機械的な訳」だなあ、と思われてしまいます。筆者は、「英ポンド安がなにかにつけて起こる」と言いたいのであって、例えば「1年ごとにきっちり起こる」と言いたいわけではありません。

このperiodicallyは、周期はともかくも「時おり起こる」の意味。「たびたび、しばしば」の語義を載せている辞書もあります。

なおperiodicallyはその位置から言って、文全体やa major concernではなく、A weakening Sterlingに係っていることが明らかですので、これも注意しましょう。

最後の難題。periodicallyとA weakening Sterlingをどのように日本語の主語としてまとめるか。考えてみてください。上記で候補として挙げた訳を単純に組み合わせるだけでは解決しませんので、検討が必要です。

【試訳】
・しばしば生じる英ポンド安が、大きな懸念材料となっています。
・繰り返し英ポンド安の動きが見られることから、これが大きな懸念材料として挙げられます。

2つめはちょっとしつこいかなという印象ですが、前後の文脈によっては使えると思います。「繰り返し」もちょっと踏み込んだ訳ですので、文脈によっては注意が必要です。

このように短い文章でも本当にいろいろとポイントがあるものですね。上記以外に、幾らでも訳のバリエーションは作ることができますので、限界にチャレンジしてみてください。


第21回 株式ファンドの四半期運用報告書③

こんにちは。前回に引き続き、ある株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。今回は「ポジショニング(positioning)」。ファンドによっては、「投資行動」などと呼ばれる部分です。

例えば株式を中心に運用する「株式ファンド」でも、どのセクター(業種)に投資するか、また具体的にどの銘柄(企業)に投資するかは、ファンドによってそれぞれ大きく異なります。

様々な資産クラス(asset class)に投資するマルチアセット(multi-asset)ファンドですと、株式、債券(国債・社債)、不動産、国際商品(コモディティ)、通貨、キャッシュなどの資産への配分割合を決め、さらにそれぞれの資産について、投資対象とする国・地域とセクターを選定し、実際に投資する個別銘柄を決定し、さらにはそれぞれの銘柄にどの程度の資金を振り向けるかを決めなければなりません。

これが「ポジショニング」であり、最終的に決まった各資産の保有分を「ポジション」「組み入れ」「持ち高」などと呼びます。すべてのポジションが定まった結果として、ファンドのポートフォリオ(資産の組み合わせ)が完成します。

※ポートフォリオの構築には様々な手法があります。上記では、資産→国・地域/セクター→個別銘柄へと決定していくように書きましたが、個別銘柄の選定を優先する手法もあります。これら「トップダウン・アプローチ」「ボトムアップ・アプローチ」は、資産運用会社の運用方針などで頻繁に目にする言葉ですので、興味のある方は詳しく調べてみてください。

さて、ファンドの設定時に決めたポジションは、多くの場合、市況の変化と共に変更を加える必要が出てきます。例えば株式では、単純に言って下落が見込まれる銘柄を持っていては損ですし、上昇が見込まれる銘柄を持っていないと、得られるはずの利益を得られないかもしれません。そのため、なるべく多くの利益(リターン)を確保できるよう、その局面に合わせて資産配分を工夫するわけです。

そしてファンドが資産を購入・売却、追加(積み増し)・削減した時は、顧客への報告が必要となります。今回の課題では、運用報告書のうち、そうしたポジショニングの部分を訳してみましょう。

We ①took profits on our position in AAA before exiting it. We ②invested proceeds to increase our position in BBB which offered attractive returns.


①took profits on our position in AAA before exiting it

AAAは銘柄(企業)名だと思ってください。our position in AAAは、ファンドがAAA社に配分した資金そのもの、あるいはファンドが保有するAAA社の株式そのものと捉えると分かりやすいかと思います。訳としては「ポジション」「配分」「組み入れ」など。

exitingは、「ポジションの解消」、つまりそのポジションをすべて売却することを意味します。ここではAAA社の株式をすべて売ったということです。ポジションの解消を示す英語は、exitのほか、closeやremoveなども使われます。日本語は、「解消する」に加えて、「クローズする」や「手仕舞う」など。(このあたりはクライアントの好みが反映されますので、指示があればそれに従います)

take profitsは「利益を確定する」。

例えばAAA社の株式を1株100円で購入したところ、1年間で120円に値上がりしたとします。ファンドとしてはもちろん喜ばしいことですが、株価が幾らになろうと、実際に株式を売って20円を手にしない限り、本当に利益を上げたことにはなりません。このように、資産を実際に売却して、購入代金との差額を手にする(利益を実現する)ことを、英語ではtake profitsと言います。日本語では「利益の確定」とか、「利食い売り」などが使われます(後者は若干砕けたイメージですので、使う際には注意が必要です)。

逆に利益を確定する前、評価額の上で利益になっているだけの状態は、「評価益/含み益」、損失になっている状態は「評価損/含み損」です。評価損が大き過ぎて売るに売れない状態を、俗に「塩漬け」などと言いますが、運用報告書の翻訳では決して使わないでください(笑)。

なお、英語はbeforeになっていますが、AAA社のポジション解消=株式の売却=利益確定ですので、「~する前に」や「〜した後に」など、あまり時間に差があるような表現は避けましょう。

②invested proceeds to increase our position in BBB

proceedsは「売却代金、売却益」。この文章でも、①と同じようにtoの前と後ろの行為はほぼ同時進行ですので注意しましょう。

またinvestではありますが、AAA社の株式を売って得た資金をBBB社の株式を買い足すために使用した、ということですので、「売却益を投資して、BBB社のポジションを増やす」などの表現はかなり違和感があります。ここは普通に「使用して」などの言葉を使った方が良いでしょう。(なおBBB社のポジションを新たに設けた場合は、「ポジションを構築」などと言います)

株式を買い足すことは、「ポジションを積み増す/追加する」「組み入れ/配分を増やす」など。

さてそれでは、「ですます」調で全体を訳してみてください。

We took profits on our position in AAA before exiting it. We invested proceeds to increase our position in BBB which offered attractive returns.


【試訳】
・AAA社のポジションを解消し、利益を確定しました。その売却代金を用いて、魅力的なリターンを提供するBBB社のポジションを積み増しました。
・AAA社のポジション解消、利益確定後、その売却益にて、リターンに妙味のあるBBB社の組み入れを拡大しました。

※英文ではどちらもWeが主語になっていますが、運用報告書で「私たち/我々」などと訳すことはほぼないと言っていいでしょう。訳すとしても「当社」「当ファンド」「当戦略」などで、訳さないケースが多いように思います。(逆に、Weで始まる文章が延々と続いているのに、なるべく主体がはっきりするように訳してくれ、と言われて困ることもあります)

※ポジションに特に変更がなかった場合は、
There were no significant changes to the fund positioning over the period.
当期、当ファンドのポジションに大幅な変更は加えませんでした。
などの文言が掲載されます。


第20回 株式ファンドの四半期運用報告書②

こんにちは。前回に引き続き、ある株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。今回は「運用成績」です。当然ながら、報告書の中で最も重要であり、投資家が最も注目する部分ですので、力を入れていきましょう。

The Fund returned 4.6% with ①all distributions reinvested, for the quarter ended March 31, 2017. ②The Fund's benchmark, Russell 2000® Index, returned 3.2% in the same period.


①all distributions reinvested

distributionsは「分配金」。株式で言う配当のことです。

投資信託/ファンドなどでは、一定期間ごとに「分配金」(要するに利益の分け前)が支払われるものが多くありますが、逆にまったく分配を行わず、得られた利益をすべて留保/再投資に振り向けるものもあります。

投資家に分配金を支払うには、運用利益から差し引くか、それでも足りない場合は元本(純資産)を取り崩すしかなく、元本が減れば当然ながら運用リターンは下がります。

例:元本100円を運用し、10円の利益が出た場合
1)利益全額を留保 → 純資産=110円
2)10円を投資家に分配 → 純資産=100円
3)5円を投資家に分配 → 純資産=105円

最終的な純資産額から見れば、例1はリターン10%、例2はリターンゼロ、例3はリターン5%になりますが、この間の運用成績は実はまったく同じ10%です。この違いによる混乱を避けるため、投資信託などでは「分配金込み」の運用成績を開示することが多くなっています。

all distributions reinvestedは「すべての分配金を再投資」した場合のことで、「分配金再投資ベースで」などとすれば良いでしょう。

②The Fund's benchmark, Russell 2000® Index

benchmarkは、第13回でも説明しました通り、ファンドや投資信託が運用の参考(目標)としている指標のこと。日本株式の運用時の参考指標としては、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)がよく用いられます。米国株式市場では「S&P 500種指数」「ダウ工業株30種平均」など。

TOPIXは東京証券取引所の第一部に上場されているすべての銘柄から構成されていますが、日経平均は日本の代表的な企業225社、S&P 500種指数は米国の代表的な企業500社から構成されます。ダウ工業株30種平均(Dow Jones Industrial Average)は「工業」という訳になっていますが、実際には多数の業種が含まれます。

これらは大型・優良株が中心の総合的な株価指数ですが、その他にも時価総額(株価×発行済株式数)が小さめの中小型株をカバーした指数があり、今回のRussell 2000(ラッセル2000種指数)がこれに当たります。米国の運用会社Russell Investmentsが独自に開発した指数で、時価総額の小さい約2000銘柄が含まれます(登録商標ですので®がついていますが、日本語に訳す時には「ラッセル2000(種株価)指数」で大丈夫です)。

課題のファンドは小型株を中心に運用しているため、ラッセル2000指数を参考指標にしている、というわけです。当期はファンドのリターンが4.6%であったのに対し、ラッセル2000指数は3.2%ですから、「ファンドの成績がベンチマークをアウトパフォームした」ことになります。

もう一度、課題を通して眺めたうえで、実際に訳してみましょう。

The Fund returned 4.6% with all distributions reinvested, for the quarter ended March 31, 2017. The Fund's benchmark, Russell 2000® Index, returned 3.2% in the same period.


【試訳】
2017年1-3月期の当ファンドのリターンは、分配金再投資ベースで+4.6%となりました。また同期、当ファンドのベンチマークであるラッセル2000種株価指数のリターンは+3.2%でした。

※原文に+/-の記号がなくても、日本語訳では付けるケースが多いように思います。


第19回 株式ファンドの四半期運用報告書①

こんにちは。今回から何回かに分けて、株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。以前の運用報告書の回では「市場概況」と「運用成績」のみ取り上げましたが、今回はこれに加えて「ポジショニング」と「パフォーマンスへの寄与要因」も見てみることにしましょう。4回にまたがることになりますが、それぞれつながりはありませんので、個別の記事として読んでいただいて構いません。どれも金融、特に運用分野の翻訳の王道とも言うべき文章ですので、基礎を固めたい方はしっかり読んでくださいね。

「運用報告書」については、第12回の冒頭で詳しく説明していますので、そちらをご覧ください。

今回は、まず「市場概況」の部分から一文だけ取り上げます。このセクションは、経済・市場動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説が主な内容となります。

According to ①the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis, U.S. real gross domestic product (GDP) ②in the fourth quarter expanded by ③2.1%, an ④upward revision from ⑤previous estimates.(2017年4月発行)


①the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis
Bureau of Economic Analysisは、米国商務省(Department of Commerce)の「経済分析局(BEA)」。

米国の国内総生産(GDP)実績は、四半期末月の翌月すなわち4月、7月、10月、1月に、まず1次推計(advance(d) estimate)、その1ヵ月後に2次推計(second estimate)、さらに2ヵ月後に3次推計(third estimate)が発表されます。日本語はそれぞれ「速報値」「改定値」「確定値/確報値」など。

しかし報道文ではあまりsecond~/third~などとは言わないようで、速報値(advance(d) estimate)の後はsmaller than previously estimatedなどのように、単語レベルではなく、文章に埋め込んであることが多いように思います。

ともあれ今回は、3月末に商務省からGDP確定値が発表された後の4月に発行された文書ですので、latest estimateは「確定値」になります。

注意すべきは、そのまま「最新の推定値は」などとしないこと。英語がlatest estimateなんだからいいじゃん!と言いたい気持ちは痛いほどわかりますが(笑)、最初から日本語で書かれた文章では必ずどの段階の値かを明確にしますので、出所が英文だからといって、曖昧な日本語は許されません。

従って必要ならば調査を行い、「これこれの理由で確定値と思われる」等のコメントをつけて納品します。大抵は文書の発行時期や、数値そのものからの逆検索で解決しますが、どうしても断定できないときは、「これこれの理由で断定できない」とのコメントを残します。一方、誰が見ても明らかな場合はコメント不要です(この業界、どこまでが「常識」なのかは、なかなか計り難いのですが)。

②in the fourth quarter

以前も説明しましたが、年度の開始時期が国によって異なりますので、多くの場合は誤解を避けるため、「第1四半期」ではなく「1-3月期」などと数字を明記します。米国の場合、会計年度は「10月~翌年9月」ですが、GDPは暦通りに発表されますので、fourth quarterは「10-12月期」になります。

③2.1%

タテから見てもヨコから見ても「2.1%」ですが、問題は「いつと比較して」という点。日本語ではほとんどの場合それを明記しますので、原文になければ調査が必要です。今回の場合は、annual rate/annualized rate、すなわち前の四半期からの成長率が4回続いた場合の成長率。日本語は「前期比年率」です。

余談ですが、欧米発の文章ではこの手の情報が入っていないことが多く、その都度、貴重な作業時間を割いての調査となります。今回は米国のGDPですから簡単に調査できますけれども、欧州企業の決算期などの場合、個別に調べるのはかなり大変です。

以前、某欧州企業の業績に関する文章を訳した時のこと。英語は、しれっとQ1 results(第1四半期業績)とだけ書いてあります。かなり苦労して調べたら、その甲斐あって(?)なんと11月が決算期でした。つまりfirst quarterは「12-1月」になるわけです。有名企業だけに限っても、会社ごとの決算期をいちいち覚えている人はそうはいないだろうに、なぜ英語ではfirst quarterだけで許されるのか?声を大にして言いたいです(笑)。

脱線しました。

③upward revision

「上方修正」。反対はdownward revision(下方修正)です。

④previous estimates

previous estimatesと複数形ですので、速報値と改定値のどちらからも上方修正されたということ。よって、複数形のない日本語ではその旨をしっかり表現しなければなりません。(※本稿後半で、この点について書いていますので、ご参照ください)

短い文章にも色々と見るべき箇所があるものですね。それではいよいよ訳してみます。

According to the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis, U.S. real gross domestic product (GDP) in the fourth quarter expanded by 2.1%, an upward revision from previous estimates.


【試訳】
米商務省の経済分析局(BEA)によると、2016年10-12月期、米国の実質国内総生産(GDP)成長率の確定値は前期比年率+2.1%と、速報値および改定値から上方修正されました。

※previous estimates
さきほども言いました通り、今回は複数形ですので、文法に則って解釈すれば「速報値と改定値」ということ。しかしこれまでのわたしの経験から言って、実際は単数にすべきところ、非ネイティブには分からない理由からか、単なる勢いでか、あるいは間違いなのか分かりませんが、とにかく複数形になっている(あるいはその逆)といったケースがしばしばあるように思います(英語ネイティブが書いているとは限らないという事情もあります)。

たった一つのSのあるなしで意味が大きく変わってしまうので、翻訳者としてはいささか怖い。しかしどちらかはっきりさせなければ仕事にならない。従って調査、です。

これもlatest estimateと同様に、英語の通り訳して何が悪いのかと言いたくなる気持ちはよくわかります。が、特別な場合でない限り、翻訳者、翻訳会社、クライアントの3者の中で、原文を最も精密に読むのは翻訳者ですから、翻訳者の段階で原文の間違いを見過ごすと、印刷され顧客の手に渡るまでに誰も間違いに気がつかない可能性があります。また仮に正しかったとしても、確認した旨をコメントに残しておけば、チェックの段階で誰かが同じ不安を持ったときに、時間を節約することができます。これは「付加価値サービス」と言えるかもしれませんが、本来、ここまで丸ごとひっくるめてが「金融翻訳」なのだと思います。

例えば今回の場合、米国のGDPですので、調査は極めて簡単。調べたところ、2016年10-12月期のGDP成長率は、速報値が前期比年率+1.9%、改定値が同+1.9%、確定値が同+2.1%でしたので、「確定値は、速報値と改定値の両方から上方修正」が確認できました。(仮に原文の筆者が「改定値からの上方修正」のつもりで書いていたとしても、事実には合っているわけですから、間違いを掲載するという最悪の事態は防げます)



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プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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