HOME > 通訳 > マリコがゆく 第25回〜第30回

マリコがゆく
覗いてみませんか?、あなたの知らない通訳者の世界。
普段、表では「語られないかも」しれない通訳の実態、 要望、ホンネ、ときどき不満を現役通訳者マリコがお届け。時に過激に、時に優雅に。通訳者マリコは今日もゆく!
 
 

通訳に似ている仕事って、どんなものがあると思いますか?

わたしが似ていると感じるのは、意外かも知れませんが、介護の仕事です。

『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと』という本を翻訳していたときに、「おおっ!これはまさしく通訳のことでは!?」と感じた記述があったんです。

"In taking up caring as a job, a big problem you may face is that few people really understand what you are doing. There is an ignorant view that suggests that you are producing nothing, so your job has little value. People may not appreciate what caring involves.........Because of such attitudes you may have difficulty at times in feeling that your job is worthwhile, or even you yourself have value. It doesn't help when the pay is generally far below what this kind of work deserves."

文中の"caring"を"interpretation"に置き換えたら、そのまま通訳の話として通じちゃうじゃないですか。意訳したら、きっとこんな感じです。

「通訳の仕事のなにがとにかく大変って、仕事をわかってもらえないってことよ『通訳なんて何も生み出さないんだから価値がない』なんていう、わかっちゃいない人がいるんだよね。通訳が何をやっているかなんて、ちゃんと理解してもらえないし。・・・そんな調子だから、『こんなことやってて意味あるのかなあ』なんて思っちゃったりするし、自分にも自信もてなくなったりするんだよね。しかも、こんなきつい仕事なのに、もらえるのはそれに比べたらたいしたことないし。これってありえなくない?」

意訳しすぎ?まあ、まさかこうは訳しませんでしたが、この部分だけ妙に力が入ってしまったのも事実です。

「通訳はいやだ。だって、クリエイティブな仕事じゃないじゃん」と、言われてムッとしたことがあります。それには、通訳という仕事への自負と共に、クリエイティブなものじゃないという気持ちが自分の中にもあったからなのかなあと思います。

目に見えるものや、新しいものを作り出すクリエイティブな仕事はわたしも大好きだし、そういう仕事も手掛けて通訳とはまた違う楽しさを感じてもいます。だけど、通訳が何も生み出していないという見方にはやっぱり賛成できません。

目には見えなくても。そこにいる人たちのつながりを生み出したり。コミュニケーションを手助けしたり。通訳も介護も、そういう大事な役割のある仕事だと思うのです。

 

 
 
 

「ここまではよろしいでしょうか?」

ミーティングのときに、そんな確認をすることってよくありますよね?

たとえば、誰かが報告をして。その内容について参加者からひとしきり質問が続いて。ああでもない、こうでもないと、ちょっと盛り上がりを見せたのがやっと落ち着いて。それじゃあそろそろ、次の話題に移りましょうかっていうときに。

このときの「ここまではよろしいでしょうか?」って、「他に何か質問はありませんか?(もうないですよね?)」っていうことと同じだったりしますよね。特に、どんどん質問が出て盛り上がって、「他に?」、「他に?」、「他に?」、「他に?(もういい加減十分でしょ!?)」と訊いていったときなんかは・・・。

そう解釈しているもので、つい、こう訳してしまいがちなのです。

"Do you have any other questions?"

すると、満面の笑顔で大きく首を横に振りながら、外国人が答えてくれます。

"No."

なにしろ元の質問が「ここまではよろしいでしょうか?」ですから。

「よくないよ!」

そう言われたのかと思って日本人側が一瞬固まってしまいます。

「え?なんで?ダメなの?なにもそんなに断言しなくたって・・・。な、何がいけないんだろう?」

そんなふうに、みなさん、にわかにおろおろします。そのリアクションを見て、「あ、しまった。やっちゃった!」と思いますが、まあ、誤解のないように訳しておけばなんとかしのげます。

「はい、結構です」

「Noって聞こえたんだけど・・・」とでも言いたげな、ちょっと不思議そうな顔をして日本人側のお客さまに見られてしまったりしますが、実際に外国人は「よろしい、結構」と思っているわけなので。意思の疎通は図れているんですよね。

それで片付くはずなんですが。

ときどき、どんな質問だったかすらも忘れてしまっていることがあります。すると、外国人の答えにつられて、わたしまで・・・。

「いいえ、だめです!」

力強く訳してしまいます・・・。

 
 
 

「通訳してくれてありがとう。すばらしかった!」

そう言ってもらえると、やっぱりうれしいものです。

自分のやっていることに自信があれば、いちいち人の評価を気にすることもないんでしょうが。

昔に比べれば、自分のパフォーマンスを客観的に見られるようになったので、よかったかどうかは自分で判断できます。だけど、ときには訳してもうまく伝わらないこともあるんですよね。

通訳を通して聞いているので、よくわからない

なんて言われちゃったりして・・・。「ガーン!!」です。

そもそも話の内容がこじれているから、通訳を介さないで聞いている人だってわかっていないとか。通訳からしたら、いろいろと言いたいことや、斟酌してほしい事情もあります。

とはいえ、いくら自分の中で正当化できても、そう言われてしまったショックはあまり変わらなかったりするんですよね。

そんなことが続くと、さすがにへこみます。

「もしかして、下手なの?下手な通訳なのかしら?そ、そんな・・・」

そして自信喪失して、ますますパフォーマンスがひどいことに・・・なんていう悪循環は避けたいもの。陥りがちなワナですが、何とか立て直そうと頑張ります。

次はもうちょっとマシなことができるはず!

そう自分に言い聞かせて、次の仕事に臨みます。まあ、玉砕することもありますが。「マリコ、果敢に散る!」みたいな・・・。

「参加することに意義がある」

「仕事に臨む態度はよかったが、実力が伴っていなかった」

そうやってオリンピック精神で自分を励まし、よくわからない「ひとり反省会」を開催してみます。

そんなふうに自信をなくしがちになりながらもなんとか奮闘しているときに、通訳をほめられると本当に励みになります。

うまいタイミングでそうやってほめてくれる人が現れてくれたおかげで、なんとか仕事が続いてきたような気もします。

そうやって見計らったようにそんな人が現れるっていうことは、「この仕事を続けていきなさい」っていうことなんでしょうかね?

 
 
 

その場にいたけど、いなかった人

そういう扱いをされることに慣れています。

だって、通訳ですから。機材としか思わないお客さまがいるのにも、とっくに慣れっこです。そんなことでいちいち傷ついていたら生きていけません。

さっきまで一緒のミーティングに出ていたのに、終わったら顔を合わせても素通り。そんなこともよくありました。

外国人に弱いのか、どうしても相手の顔を見ようとせずに、ミーティングの間中ずっと通訳のほうばかり見て話すようなお客さまもいらっしゃいますが。それでも、終わったらまるで通訳が存在しなかったかのようにさっさと行ってしまったり。

「インパクトが薄い顔なのかしら?もっと化粧濃いほうがよかった?それか、なんかものすごい失敗をやらかすとか?あ、そうだ!鼻血通訳だったら絶対に覚えてもらえるわ!

ときどきそんな余計なことを考えてみたりします・・・。

とはいえ、インビジブルな存在なのも、これはこれでラクだったりします。人としての関わりを求められてないわけですからね。やることをやってビジネスライクに済ませればいいわけですから、いたってシンプルです。

ただ、途中で質問したいことがあったりすると困ります。

機材なのに、なんで質問しだすんだ!?なんだ、一体?壊れたのか?

そんなふうに機嫌を損ねるお客さまもいて。憮然として通訳を睨んできたり。お客さまとはいえ、さすがに感じ悪いです。

そんな中でも、ときたま、いるんです!通訳も参加者のひとりみたいに扱ってくれるお客さま。仕事の後などにもいろいろと話しかけてくれたりして。すれ違ったら会釈されたり。

あれ?えっ!あ、わたし!?

すみません。慣れないもので。まったく予想していなくて、あやうく無視しそうになるのです。

わざわざ挨拶に通訳のところにやってきてくれたのに。

「どこに行くのかしら?」

なんて目の前に来るまで気付かなかったり。いや、目の前にいても、どこかに向かう途中なのかと思って気付かなかったりするのです。

これじゃ、わたしのほうが「感じ悪い人」みたいです・・・。

 
 
 

「うま」ですか?

なにやら「うま」って書いてあるんですけど・・・わかりますか?真ん中の段の下の、赤く囲ったところです。一体何なんでしょう?「」!?まさかね。

実はこれ、ウィスパリングのときのメモなんです。逐次通訳のときは、もっときちんと構造がわかるようにメモをとるんですけどね。同時通訳やウィスパリングだと、固有名詞や数字、後で訳すためにとっておくことなどをざっと書き留める程度です。ご覧の通り、もうぐっちゃぐちゃです。

同時通訳だと自分用にメモをとるというより、相手の通訳さんのためにとるので、さすがにもうちょっと読みやすいようにはしますが。「千」と「4」とか、急いで書くと判別しにくいものなんかは特に気をつけます。あと、普段は略字で書いているものも注意しますね。

相手がとってくれたメモがとっさにわからないときもありますが、「自分のとったメモがあまりにもひどい殴り書きで読めない」なんていう事態も発生してしまいます。

自分の字が読めません!

そう叫んでしまったこともそういえばありました・・・。

それにしても、「うま」って??うーん。

「この体制でうまくいくように考えましょう」

「このタスクをうまくこなさないとスケジュールがきびしいですね」

とか。そんな話だったんでしょうか?はたまた。

「今夜は久々に肉が食べたいなあ」

そんな話だったのかも・・・?いや、それはさすがになさそうです。

終わった後に、ときどきこんなふうに謎が残ります。なにしろ、通訳したそばから忘れていってしまっていますから・・・。「馬肉が食べたい」とか、そんなインパクトのあるセリフならさすがに覚えていると思いますが。そうでもないと・・・。

これって一体なに!?

そうやって自分のメモを見ながら頭を抱えることが多いのです。

うーん。「うま」、ねえ。

いっそ、みなさんにお願いです。

なんで『うま』って書いてあるんですか?誰か教えてください!!


 

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プロフィール

寺田真理子

寺田 真理子さん
幼少時から中学までを、メキシコ、コロンビア、ベネズエラにて過ごす。東京大学法学部卒業後、国際会議コーディネーターを経て、通翻訳者デビュー。その後、数社にてインハウス通翻訳を経験し、2004年にフリーランス通翻訳者として独立。出版翻訳も手がける。