HOME > 通訳 > マリコがゆく 第21回〜第25回

マリコがゆく
覗いてみませんか?、あなたの知らない通訳者の世界。
普段、表では「語られないかも」しれない通訳の実態、 要望、ホンネ、ときどき不満を現役通訳者マリコがお届け。時に過激に、時に優雅に。通訳者マリコは今日もゆく!
 
 

「狭き門じゃなくて、門がないんです」

字幕翻訳家になるにはどうしたらいいかと尋ねられると、某大御所は、そうお答えになるそうです。

「あの・・・それはあなたが市場独占のために門を閉ざしているんじゃ・・・」

あまりにパワフルなお仕事ぶりに、思わず余計なツッコミをいれてしまいそうですが。実際に字幕翻訳家の方のお話を伺うと、想像以上にきびしい世界。「門がない」というのもうなずけます。

じゃあ、通訳はどうでしょう?

門がないとは言いませんが。こちらもやはり、狭き門。

通訳学校で先生のきびしいしごきをうけてやめていき。現場のストレスに耐え切れずにやめていき。思えばちょっと、死屍累々です。

以前、通訳学校で「このクラスに何年もいるのにずっと進級できない」と悲壮な顔で話していた人がいました。勉強しなければいけないことは山のようにあるし、できる人はたくさんいるし。そんな中で自分が残っていくことなんてできるのか、当然不安になりますよね。

やっと通訳として働き始めても、たとえば社内通訳だったら、そのポジション自体がそんなに多いものではないし。なんだか少ないパイを必死で争っているかのような気になったりもします。

そうすると、どんどん自分が狭いところへ、狭いところへと追い込まれていくように感じる通訳さんや通訳志望者さんもいるのでは?

だけど。狭き門なら・・・乗り越えちゃう!裏門を探す!

そういう発想が、もっとあってもいいんじゃないかと思うんです。

たとえば、新聞を読んでいて、「あ、この業界はこれから国際化が進みそうだなあ。通訳が必要になるような場合も多いかも。必要になるとしたら、どういうところだろう?この団体とか、いまから覚えてもらっておくといいかも!」

そして勝手に通訳が必要になるようなビジネスモデルを構築して、パワーポイントでプレゼンしに行っちゃったり。

「いまならもれなくわたしが通訳でついてきます!」

・・・なんの売り込みなんだかよくわからなくなっていますが。ちなみに、お客さまは、かなり引き気味でしたが・・・。

こんなふうに・・・門ごとぶっ壊す!自分で門をつくる!

それでいいと、わたしは思うんです。それに、普通にくぐるより、楽しいですよ!

 
 
 

社内通訳だと、基本的に毎日通訳の機会がありますよね。でも、フリーランスだと、仕事のとり方にもよりますが、通訳をしない時期が続く場合もあります。わたしの場合は、本の翻訳にかかると、家にこもりっきりになる時期もあります。そう、「マリコがこもる」状態になってしまうのです!

いくら通訳力を落とさないようにあれこれ勉強を続けても、やっぱり実戦に勝るものはないと思うのです。実際のお仕事で戦って・・・もとい、通訳していないと、心配になることがあります。

「腕が落ちちゃったかも?」
そんな心配もありますが、それよりももっと心配になること・・・。それが通訳マインドです。

通訳って、人前で即興芝居をやるようなものだと思うんです。(ブースだったら、姿は出さないですみますが・・・。)自分が話をするわけではないですが、その場ではじめて聞いたものをとっさにほかの言葉に変換するわけですから。下手をすると大恥をかく可能性もある、ハイリスクなお仕事です。役者が舞台に立つのにマインドが必要なように、通訳が仕事に臨むのにも通訳マインドが必要なんです。

通訳デビューしたての頃だと、1対1のミーティングの通訳でも、緊張してしまうものですよね。それが経験を積んでいって、4、5人くらいはそんなに緊張せずに出来るようになって。徐々に30人くらいまでになり。100人、そしてもっと・・・となっていくわけです。

いつも規模の大きなミーティングをやっていれば、30人くらいのミーティングでも「なれたもの」です。でも、ブランクがあったり、小規模のミーティングばかり続いていたりすると、30人は「こわい規模」になってしまいます。そこに出て行くだけの心構え、通訳マインドをちゃんと保っていないといけないんですよね。

すきあらば、「ノーメイク、寝癖、メガネのパジャマ姿」で部屋に引きこもろうとする・・・。そんなわたしが通訳マインドを保つのは、かなり試練の道なのです。

 
 
 

通訳という仕事柄、「○○って英語でなんていうの?」 と訊かれることがよくあります。

「商品券ってなんていうの?」
そういうシンプルなものから、
「青天の霹靂ってなんていうの?」
「浪花節ってなんていうの?」
「オヤジギャグってなんていうの?」
なんていうものまで。

ちょっとした会話の中でポンと出てくるので、予測がつかないんですよね。守備範囲も広くないといけないし。通訳といえども人間なので、なんでもかんでも即答できるわけじゃないのです。(もちろん、即答できるようにしたいものですが・・・。)

不意打ちだと、あわてます。
「通訳だから、いつでもちゃんと答えなきゃ!」
そんな思いとはウラハラに、仕事をしていないときは頭を思いっきり休ませているもので、受け答えはしどろもどろ。答えようという誠意だけをあふれさせているわたしです。

でも、不意打ちされちゃうことが大半ですね。友だちとすっかりくつろいでお酒を飲んで、いい具合に酔いも回ってきたところにいきなり、

「不可抗力ってなんていうの?」

まさかの不意打ちに、一気に酔いもさめるのです。

辞書じゃないから、やっぱり忘れちゃうことってあるんですよね。仕事でよく使う表現や、専門にしている分野の単語だったらしっかりインプットされていますが。(それすらも、ちょっとブランクがあるとみるみる消えていくのがおそろしいですね・・・。)基本的な用語でも、あまり使わないものや、専門外のものだと、スコーンと抜け落ちてしまっていたりします覚えた記憶はあるのに、思い出せなくてくやしかったりしますね。

ちゃんと答えられたときは、その分うれしいです。
「それ、勉強したんだよ~」
しみじみしてみたりして。(でも、打率低し・・・。)

ちなみに、「青天の霹靂ってなんていうの?」は、とある会議でいきなり社長さんに訊かれてあせりました。答えられてほっとしましたが・・・。英語だと"out of the blue"で、日本語の概念と近いから、覚えやすいですよね。

なんとかメンツを保てたわたしでありました。  
 
 
 

間違いは誰にでもあるものです。そう、もちろん、通訳にも・・・。

なんだか冒頭から開き直ってしまっていますが。でも、通訳って、人様の前で間違えたり、恥をかいたりするのが仕事みたいなものですよねそれにいちいち落ち込んでいたら、こんな仕事はつとまりません。

デビューしたての初々しい頃には、間違ってしまうと申し訳ないやら恥ずかしいやら、消え入りたいような思いでしたが。最近は、「あら、失礼」くらいの感じです。通訳をしていると、通訳技術の進歩よりも面の皮がすごい勢いで厚くなるから、そのおかげで仕事を続けていけるんじゃないかしら・・・?挙句の果てに、ミスをしても、「おもしろいネタを拾っちゃった~」なんて喜んでいる始末です。

こんなミスも、やっちゃいました。
「ないものねだりをするよりも・・・」
これを訳すのに「ないものねだり」を"asking for the moon"と言うはずが、何を思ったか"shooting a star"と言ってしまいました。本人は「バッチリ!」とか思っているのに、それを聞いた外国人側が「?」という顔をしているので、「あれ?おかしいなあ」と思ったんですよね。ウィスパリング通訳だったので、突っ込まれることもなくどんどん話は進んでいきましたが。そりゃ、わかんないですよね。"shooting star"(流れ星)というのが頭の中にあったからでしょうか?

あつかましくもわたしは、「ちょっとポエムっぽい表現だから、外資系の乾いた人はあまり使わないのかしら?詩心が無いって、よくないわよねえ。人間、もっと潤いがないと」なんて思っていたんですが。だから、自分が通訳間違えてるんだってば!!

でも、ミスに気付いてもわたしはめげません。

「お月さまとお星さまを間違えるなんて!ファンシーなミスだわ~」

なにせ、"contradictive"と"contraceptive"をしょっちゅう間違えそうになってドキドキしてしまうわたしのこと。それに比べたら、なんてかわいいミスでしょう。

喜んでいるくらいじゃないと、通訳なんてつとまらないのです。

 
 
 

なんでもかんでも忘れてしまいます。

やっぱりこれは、通訳を続けてきたせいなんでしょうか?訳し終わったその瞬間に、頭の中から削除されてしまいます。たまに、お客さまが聞き逃していたりして、「あ、ごめん、今のところ、もう1回言ってくれる?」なんて頼まれてしまうことがありますが、もう無理です。だって、頭の中に残ってないんですから。

ミーティングの内容も、「たしか、これに関係する話は前回にもしたのよねえ~」というおぼろげな記憶はあっても、何をどう決めたかということになると、まったく思い出せなかったりするのです。連続シリーズのミーティングなのに、最初からウンウンうなりながら資料を読み直したりして。「う~ん、前にも読んだんだけどなあ・・・」と思いながら。

 

訳し終わるまでの記憶力はかなりあるほうだと思うのですが。もちろん内容にもよりますが、10分、15分くらいなら、ほぼもらさずに再構築できるはずなのに。訳してしまうと、見事に頭の中から消えていきますねえ・・・。

お客さまにとっては、これほど守秘義務を守れる安心感のある人はいないでしょう。会議が終わったら、頭の中が初期化されちゃってるんですから!

仕事だけならまだいいのですが。困ったことに、私生活での忘却力もやたらアップしてしまった気がします。たとえば、2階に本をとりに行って、2階に行ったらお茶が飲みたくなって急須にお湯を入れて、しばらく置いている間にメールチェックをしようと思い立ち、PCを立ち上げたら調べ物を思い出して、検索したら面白そうなサイトが出てきてそれを見ていたり。結局、本も、お茶も、メールチェックも調べ物もそのまんま・・・。こんなことがしょっちゅうです。そんなときに感じることはといえば。

「その時その時で、いちばんやりたいことをやっているからいいのよね!」

そうです。問題があることすら、忘れているのです。

 

通訳のみなさん、忘却力の鍛えすぎにはご用心くださいね!

 

 

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プロフィール

寺田真理子

寺田 真理子さん
幼少時から中学までを、メキシコ、コロンビア、ベネズエラにて過ごす。東京大学法学部卒業後、国際会議コーディネーターを経て、通翻訳者デビュー。その後、数社にてインハウス通翻訳を経験し、2004年にフリーランス通翻訳者として独立。出版翻訳も手がける。