HOME > 通訳 > マリコがゆく 第11回〜第15回

マリコがゆく
覗いてみませんか?、あなたの知らない通訳者の世界。
普段、表では「語られないかも」しれない通訳の実態、 要望、ホンネ、ときどき不満を現役通訳者マリコがお届け。時に過激に、時に優雅に。通訳者マリコは今日もゆく!
 
 

わたしを泣かせるのは、男じゃありません。資料です。もう、泣かされっぱなしです。

フォーマルな会議だと、資料も一般向けに、誰が読んでもわかるように書いてあります。専門用語はもちろんありますが、それでも「その業界なら誰でもわかるような専門用語」という意味では、一般性があるわけです。ネット検索などでたどり着けるので、意味がわからなくて困るということはそんなにありません。(ネットがない時代の通訳の苦労は、想像するにあまりあります・・・。)

困るのは、社内文書です。「仲間うちにしかわからない」おかしな用語がうじゃうじゃ出てきます。しかも、略語もいっぱいです。

「これって、製品名?プロジェクト名?なに?」

まさに暗号解読の領域です。

社内用語が多い企業だと、社員の方もついていくのに苦労するらしく、社内用語集がまとめてあったりします。この社内用語集をお客さまからいただくこともありますが、この中にもおかしなものがいっぱい出てくるのです。「FO」が「福岡」とか。「略すな、そんなもん!」と、思わずツッコミを入れたくなります。しかも解説には「明太、とんこつ・・・ああ、名店のあの味!」とか。「これって、用語集だよね?福岡グルメガイドじゃないよね?」とまたしてもツッコミを入れたくなります。

そんな社内用語集なども活用しつつ、あれこれネット検索をしたり、友人のネットワークなんかも駆使して頑張って何とか解読しても、どうしても意味不明で残るものがあります。そういうものは、ハイライトしておいて会議の直前にお客さまに確認することになりますよね。ところが・・・。

「この『OPJ』っていうの、何回も出てくるんですが。これはどういう意味なんでしょうか?」

「ああ、これねー。これ、小田さんがやってんの。『小田さんずプロジェクト』だから、OPJ。いいでしょ?わっはっはー!」

・・・いや、「わっはっはー」って・・・。あんなに解読しようと頭を抱えていたのに、それですか!?あの・・・言ってもいいですか?「知るか、そんなもん!」

 
 
 

通訳にとって、仕事がやりやすいお客さまはどんなタイプでしょう?

わたしの場合は「まったく英語がわからない」というお客さまがいちばんやりやすいです。「役に立っている」という実感が持てますし、チェックされている緊張感がない分、のびのびやれるのです。

バイリンガルだと、どうしても通訳に対する見方はきびしくなるもの。自分だって、人の通訳を聴くときにはついついチェックしちゃいますからね。どんな目で見られている(聴かれている?)かは、わかります。自分が通訳をしたことがあれば、その苦労を知っていて聴いてくれるでしょうから、まだいいのです。そういう経験がなくて、「英語ができる」というのがいちばんやっかいな聞き手かもしれません。

社内通訳だと、会議によっては、何十人かの参加者のほとんど全員がバイリンガルということもあります。日本語への通訳が必要なのは1人か2人。それなのに、機材がなくて逐次通訳でやらないといけなかったりして。社内での経験が長い分、当然通訳よりも知識は参加者のほうが断然上です。「通訳?ふん、どれだけできるのか見せてみなさいよ」という空気をひしひしと感じます。やりにくいことこの上ないです。きびしい試験官に取り囲まれている気分です

そういう状況を経験すると、鍛えられるのは確かですよね。だからといって、わざわざ自分から経験しようという気にはなれないですが・・・。

おもしろいのは、そういう状況での通訳への接し方で、かなりお客さまの人間性が垣間見えることです。

困ったときにさりげなくスマートに助けてくれるような方もいれば、通訳の揚げ足を取ってここぞとばかり怒鳴りつけて日ごろのストレスを解消する方もいたりして・・・。おかげで通訳の人間性まで否応なく鍛えられたりします。

だけど、時にはこの状況ゆえにうれしいこともあるのです。あんまりにも元の英語がひどいのを、頑張ってきれいな日本語に仕上げたとき。バイリンガルなお客さまだけに、元の英語のひどさがわかっているので、通訳の頑張りもわかっていただけるのです

「通訳の方が、よっぽどまとまっていてわかりやすかった」

そんなお褒めの言葉をいただいたりもするのでした。

 
 
 

通訳のみなさん、だまされちゃダメです!

「しかし」

「・・・だったんですが」

お客さまがそんなことを言ったって、わたしは"However"とも"But"とも訳しません。だって、知ってるんです。その後の話が、「しかし」にも「ですが」にも、全然つながらないっていうことを・・・

「予算もリソースも不足してます。しかし、これじゃあどうにでもできませんよ」

あれ?「しかし、頑張ってやり遂げます」とかいう決意を語ってくれるんじゃなかったんでしょうか?

「3月までに作業完了の予定だったんですが、予定通り完了しました」

あ、完了したんですか、よかったですね。「だったんですが、作業がずれ込んでしまいました」っていうお詫びをするのかと思いましたよ。日本語の「が」は、あいまいですもんね。

みんな、接続詞、いい加減に使いすぎです!

接続詞をきちんと使える人って、びっくりするくらい少ないんですよね。おかげで、いまではどんな接続詞も疑ってかかるようになってしまいました。通訳をすると、疑い深くなる・・・なんて、あながち冗談でもないのです。

「しかし」と言った後にお客さまが考え込んだりしてしまう場面もよくあります。間がもたないので、この「しかし」だけでも訳してつないでおきたいところですが、そうすると十中八九裏切られます。なので、間が持たずともここはぐっと我慢、が正解です。

お客さまによっては、お気に入りのつなぎ言葉があったりします。

「そもそもこれは・・・」

「とはいってもね・・・」

「これはすなわち・・・」

だから、用法が間違ってますから!

このところ増えてきたように感じるのは、これです。

「いや、逆にさあ・・・」

・・・。逆じゃない。どう考えても逆じゃないです、その後に続くお話・・・。結構ロジカルにお話を進めてくれるお客様なのに、このフレーズだけが玉にキズ、というパターンが多いようにお見受けします。

お客さまには、おかしな接続詞の使い方でどうか通訳を当惑させないでいただきたいものです。

 
 
 

エージェントさんから分厚い資料の束が届くと・・・きゅんっ!

胸のときめきじゃありません。胃が締めつけられる、「きゅんっ!」なのです

いただいたものが用語集なら、覚えるしかありません。「ヘンな訳だなあ」なんて思っても、そこは「郷に入りては郷に従え」の精神で。せっかく覚えても、実際にはお客さまはカタカナでそのまま使っていたりしてがっかりもしますが。ともかく、攻略法は簡単です。(ただし作業は大変!)

パワーポイントの資料なんかは、概略をつかむにはいちばんいいですよね。わけのわからない略語が頻発の場合もあるものの、全体の流れがつかめます。

でも、油断は禁物!いくら概略がわかっても、どう発展させるのか、細かい肉づけはどうするのか・・・全然予想していないことが出てくるので、あなどれません。

となるとやっぱりありがたい発表原稿。心強い味方です。なんなら訳文だって用意しちゃいます。あとは大幅な変更や、原稿無視の暴走がないことを祈るばかりです。

ちょっと厄介なのが、発表論文の類。もちろんそれを読んでおけば、前提となる知識が得られるのでとっても有意義。「ああ、あの資料に載ってたことが下敷きになってるのね。読んでおいてよかった、助かったあ~!」なんて場面もありました。ただ・・・わたしの場合、「もらってすぐに読み始めないと落ち着かない」という反面、「いま読んでも、当日までに忘れちゃう」という悩みが。

そこで、対策!まずは、読みます。読んで構造を理解して、それを余白にちょこちょこっと書いておくんですね。英文の資料しかなくて、「これをまた読むのはうんざりだなあ」という場合は特に。キーワードは目立つようにハイライトして、付箋などにまとめます。そして数段落ごとに、要点をカンタンにまとめておきます。それも、なるべくとっつきやすく

「AとBの2つがあったから、うまくいったの。どっちもとってもだいじ!」

「最初はこのやり方でうまくいったんだけど、ダメになっちゃった。だから、やり方変えたの」

小難しい資料が、なんとも「アタマ悪い子仕上げ」に変換されていきます。このおかげで、直前にあせって読むときでも「何の話だったっけ?あ、そうだった、そうだった!」とすんなり入っていけます。

ただし、わたしの知性を著しく疑われる危険があるので、お客さまの前にはお出ししないように気をつけております。

 
 
 

いや、あせります。さすがに。

ミーティング前に、いきなり鼻血が出たりすることが、たまーにですが、あるんです。社内通訳だったら、「鼻血が出たあ~!」とかなんとか騒ぎながら、イベントとして楽しむ余裕もあります。もし、最悪の事態になって、ミーティング中に鼻血が・・・なんてことになったとしても、顔見知りなら、それもご愛嬌です。(ホントにそうなんでしょうか・・・?)

でも、これが単発のお仕事だったりすると、ちょっとパニックです。出張でホテルに泊まることがあるんですが、乾燥してるんですよね、ホテルの部屋って・・・。ある仕事のとき、かなり疲れた状態でホテルに泊まったんです。そうしたら、朝、着替えて食事も終えて、さあこれから仕事に出かけるというときに、いきなり鼻血が・・・。

「逐次通訳だったら、下向かなきゃいけないし。同時通訳だったら、しゃべりまくって体温も上がるし。どっちにしても、鼻血に出てくれといわんばかりの状況よね?もう、カモーンて感じ?」

お客さんにもインパクトあるよなあ~。絶対覚えてもらえるよなあ~。『この間の通訳さあ』、『あ、あの鼻血のね』なんて。でも、そんなふうに覚えられたりしても、いやだなあ・・・。エージェントさんにご指名がきたりして、『この間の鼻血の通訳さん、またお願いします』なんて・・・最悪!」

「せめて鼻血が似合う顔だったら・・・。いや、結構いけるかもよ?」

パニックのあまり、わたしの思考はかなりあやしくなっていましたが・・・。無事に鼻血はとまり、衝撃のデビューはしなくてすんだのでした。

そんなパニックを経験した通訳者もきっとたくさんいるに違いない・・・と信じているんですが。いや、「デビュー」しちゃった通訳だって、絶対いるはず。「この間ブースの中でいきなり鼻血噴いちゃってさ、あわてて交代してもらったわよ~」とか。そんな逸話の持ち主とか、いるんじゃないかしら?

あの・・・はなぢ通訳の方、いらっしゃいませんか?

 

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プロフィール

寺田真理子

寺田 真理子さん
幼少時から中学までを、メキシコ、コロンビア、ベネズエラにて過ごす。東京大学法学部卒業後、国際会議コーディネーターを経て、通翻訳者デビュー。その後、数社にてインハウス通翻訳を経験し、2004年にフリーランス通翻訳者として独立。出版翻訳も手がける。