HOME > 通訳 > 通訳者のひよこたちへ

放送通訳者直伝!

第311回 将来の支えとなるもの

最近はさわやかなお天気が続いていますね。空梅雨のような気もしますが、その分、
関東地方は連日カラッとした気候で、実に気持ちの良い日々です。このようなお天気はロンドン時代を私に思い起こさせます。

私がロンドンのBBCに勤め始めたのは1998年6月のことでした。ちょうど今ぐらいの時期です。確かヒースロー空港に着いたのが金曜日。月曜日から仕事が始まりますので、土日でアパートを探さねばならず、週末はひたすら不動産屋さんめぐりをしました。

一緒にロンドン入りした同期スタッフはすんなり決まったようでしたが、私はなぜか難航。希望条件が多すぎたのが理由です。

それでも何とか日曜日の夜には短期滞在型のホテルに身を寄せることができたのは幸いでした。そのホテルのオーナーが所有するフラットに数週間後であれば入居できるというのが決め手でした。

晴れてそのフラットに引っ越せたときは本当に嬉しかったですね。大学院時代に暮らした寮から近かったため、土地勘もある場所だったからです。家賃はかなり高額だったのですが、結婚のあてもなく、物欲もなかったため、良しとしました。美術館やコンサートなどへのアクセスも良く、仕事がシフト制だったこともあり、地の利を生かして本当に色々なことを見聞できました。そうしたことが今では私の財産となっています。

中でも懐かしく思い出すのが、フラットの近くにあったRIBAです。RIBAはRoyal Institute of British Architects(王立英国建築家協会)の略で、ロンドン市内に大きな本部を有しています。設立は19世紀初めという、歴史ある団体です。

外観はシンプルな白い建物なのですが、中に入るとひっそりとしており、おごそかな空気が流れます。私はその一角にあるカフェがお気に入りでした。朝8時から夕方5時までやっており、温かい食事に豊富な飲み物、たくさんのスイーツなど、メニューを見るだけで迷うほどでした。放送通訳の仕事を終えて最寄駅で地下鉄を折り、北上するとRIBAにたどり着きます。仕事帰りにときどき立ち寄るのが私にとってのひそかな楽しみとなりました。

あと数分歩けば家に帰れるのはわかっていても、どこか第三の場所でホッと一息つくのも大切なことなのでしょうね。RIBA Cafeでは大好きなスコーンと紅茶を頂きながら、館内で集めた無料パンフレットを眺めたり、日本の両親や友人に手紙を書いたりするのが私にとって幸せなひとときでした。

あのような雰囲気の場所にその後、私の人生の中で巡り合えたことはないのですが、当時の素晴らしい思い出はかけがえのないものとなっています。

言い換えると、「今という瞬間をいつくしむこと」が、いずれ将来自分を支えてくれる記憶になるのですよね。

だからこそ、これからも丁寧に生きていきたいと思います。

(2017年6月19日)


【今週の一冊】
hiyoko-170619.jpg

「世界の美しい名建築の図鑑」 パトリック・ディロン他著、エクスナレッジ、2017年

関節の調子が今一つなことを幸いに(?)、ウォーキングではなく楽チン自転車乗りを最近は楽しんでいます。6月に入ると日の出もますます早くなり、自然に目が覚めます。朝30分ほど近所のあちこちを回るようになりました。休日は1時間近く乗り続けることもあります。行動半径を広げられるのが自転車のだいご味なのですよね。

このところの私のテーマは「美しい建物」。豪邸街の古き家並みを味わったり、珍しいデザインのビルを探したりという具合に、毎朝新たな建物を発見してはワクワクしています。

今回ご紹介するのは、世界の建築物を図解説明した一冊です。写真ではなく、あえて絵で描かれていることに温かみを感じます。ピラミッドから教会、劇場や個人の家に至るまで、本書に取り上げられている建物もさまざま。断面図によって細かい部分まで描かれており、まるでその建物の内部に入ったかのような感覚を味わえます。

中でも惹かれたのはイギリスの水晶宮Crystal Palaceです。もともと万国博覧会の展示場として1851年に建てられたものです。従来の建築方法ではなく、枠組みの中をすべてガラスで埋め尽くすという斬新な方法が注目を集めました。しかも当時のイギリスは産業革命を経て大量生産が可能になった時代。使われたガラス板は30万枚に及んだそうです。博覧会後はロンドン南部に移築されたのですが、あいにく1936年に火災で焼け落ちてしまいました。ロンドンの消防署の半分にあたる消防車89台と消防員400人が出動したものの、消火はできなかったのだそうです。

先日ロンドンでは高層マンションの火災がありました。家を失った大勢の人々のことを思うと言葉もありません。災害のもたらす怖さに人は謙虚になる必要があるのではないか。そのようなことを考えさせられます。



第310回 だめなら次の方法で

今から随分前のこと。ジョギングブームが始まりかけた頃でした。個人的に悩みやらストレスやらが同時期に襲ってきたこともあり、「食」に逃げていた時期があったのです。下の子の出産後、せっかく元の体重に戻ったと思いきや、ムチャ食いで重くなってしまい、個人的にも自己嫌悪のピークにありました。

傍から見ればさほど重そうではなかったので、「え~、それぐらい増えても大丈夫よ~~」と励まされていたのですが、私としては体重が1キロ増えただけで倦怠感に見舞われてしまうのです。そこでジョギングの流行にあやかり、走り始めることにしました。

最初のうちはマンションの周りの一画を走るだけでふーふー言うありさまでした。しかし毎日続けていると少しずつ距離が伸びてくるのですね。そのうち数十分走っても疲れなくなり、季節の移り変わりや街並みを楽しむ余裕まで出てきました。

そこで味を占めたのを機に、マラソン大会に出るようになりました。3キロ、5キロ、10キロと少しずつ距離を伸ばし、ハーフマラソンを完走できたことは本当にうれしかったですね。当時は雨の日も走るぐらいランに魅了されていましたので、そうした日々の努力が実ったことを幸せに感じました。おかげさまで体重も元通りになり、しかも人生初のベスト体重にまで絞ることができ、フットワークも軽くなりました。以前抱えていた悩みもなくなり、マラソンのお蔭で人生が変わったのは本当にありがたく思えました。

しかし、熱中しすぎたのがいけなかったのでしょう。股関節の痛みに悩まされるようになり、整形外科を受診。レントゲン検査の結果、生まれつき骨に微妙なずれがあることがわかり、固いコンクリートを長時間走り続けることは控えるよう言われました。

私としては「一生に一度で良いからホノルルマラソンに出たい」という思いがありました。けれどもドクターストップであれば仕方ありません。コンクリートを「走る」のがダメでも「歩く」ことはOKなのですから、それではと今度はウォーキングに励むようになりました。同じ時間で比べてみると、歩いた場合の行動半径はぐっと縮まります。けれども外の空気を吸える幸せは引き続きあるわけですので、楽しめていましたね。

ところがところが、やはりまた古傷の痛みがぶり返してしまったのです。「歩くだけなら大丈夫」と思ってはいたものの、やはり「限度」というものはあります。私の場合、熱するとのめりこむ癖があるため、ジョギングと同じぐらいの負担を関節にかけてしまったのでしょう。

「それならば」と次に取り組み始めたのが「早朝の自転車乗り」です。もともと自転車は好きなのですが、「ランやウォーキングの方がトレーニングになるはず。自転車はこいでいるだけで、あまりダイエットにはならないのでは?」という思いがあったのですね。それでずっと避けていたのでした。

しかし、いざ自転車で日の出とともにこぎ出してみると、これまた実に快適であることがわかりました。仕事をしてくれるのは「足」と「ペダル」だけですし、後ろの自転車かごにカバンなどを入れても体自体は身軽です。ウォーキングやジョギングの時はお財布すら持たずに出ていたのですが、自転車であればフラッとコンビニに立ち寄り、買い物をしても荷物になりません。

そう考えると今の私のライフステージでは朝の自転車が一番合っているのでしょうね。これまためぐりあわせを嬉しく感じています。

日々の生活の中で「できなくなってしまったこと」というのは思いのほか精神的に応えます。「昔はできていたのに」「○○さえしなければこんな事態にはならなかったのに」という思いも出て来るでしょう。「失ったこと」や過去への後悔に苦しむことがあるかもしれません。

けれども過去はどう頑張っても変えられないのですよね。それなら「じゃ、次にできることは何だろう?」ととらえ、必死になってそれを探し出すのみだと私は思います。

今にして思うと、エネルギーあふれる年齢の頃、マラソンができたのは本当に幸せでした。コンクリート上のウォーキングはやはり関節に負担となりますが、スポーツクラブのウォーキングマシンなら大丈夫です。そして今、自転車のおかげでさわやかな初夏を楽しんでいます。

新たな境遇は、必ず別の世界を連れてきてくれる。
だめなら次の方法を考えれば良い。

そのように私はとらえています。

(2017年6月12日)

【今週の一冊】
hiyoko-170612.jpg
「書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト」 松原隆一郎・堀部安嗣著、新潮社、2014年

先日のこと。とあるホームパーティーに招かれました。主人の知り合いで家族ぐるみのお付き合いをさせていただいている先生のお宅です。その先生は現役で指導に携わりながら、ご自身の研究も精力的に行っていらっしゃいます。

数年前にもご自宅を訪ねたことのある主人から、「先生の蔵書はとにかくすごい!」と聞いていました。そこで今回、私も見学させていただきました。ご自身の研究テーマの本はもちろんのこと、多様な本が書斎には並び、実に圧巻でしたね。これだけの「知」を授業の場で先生を通じて学べる生徒さんたちは本当に幸せだと思います。

私も本を読むのが好きですが、我が家のスペースに限りがあることから、読み終えるとさっさと手放してしまうタイプです。その分、今は勤務先の大学図書館にお世話になっています。

本というのは、読み手の思考の歴史が反映されます。そう考えると、本は処分せずに保管しておいた方が、自分自身の「知の変遷」を再度たどることができるのですよね。保管できるのであれば、とっておくことに越したことはないなあと感じます。

そのようなことを考えていたところ、今回ご紹介する一冊に巡り合いました。本書は「実家の思い出をそのまま残したいと」いう思いを抱く社会経済学者と、それを書庫という形で実現させる建築家による一冊です。話し合いから完成までのいきさつが綴られています。

その書庫は小さな敷地に完成しました。けれども工夫をすれば、素敵な建物が出来上がるのですね。中は壁一面に書棚があり、らせん階段でフロアが結ばれています。階段をのぼりながら書棚を眺める。そしてまた次の棚へという具合に、思考も流れるように知の世界を泳ぐことができそうです。

私個人にとっては、このような立派な書庫は夢また夢ですが、それを実現させた方々の体験談を読むだけで、どっぷりとその世界に浸ることができます。本書を読むと、何だか今すぐ本が読みたくなります。


第309回 アクティブ・ラーニングと言うけれど

数年前から日本の教育界ではアクティブ・ラーニングという言葉が聞かれます。以前は、教師がひたすら講義をする形式を日本の教育現場ではとっていました。しかし、「それで果たして生徒が理解できているか」「本来であればもっと活気ある授業をすべきではないか」というのが導入のきっかけです。ペアやグループワークを取り入れることでお互いに刺激を与え合うことができます。教師も一方通行の授業をするのでなく、「考えさせる問いかけ」をすることで、単なる丸暗記・テスト対策型の授業から脱却をすることができるのです。近年はアクティブ・ラーニングという名称の他に「自立した学習者の育成」や「協同学習」といった用語も出てきており、専門的な研究も盛んになっています。

私が初めて「アクティブ・ラーニング型授業」に触れたのはイギリス時代のことでした。小学校4年生で現地校に転入したのですが、その学校では様々な試みがなされていたのです。

中でも印象的だったのが、Speech and Dramaという授業でした。演説や劇を一つの科目としていたこと自体が驚きでしたね。日本では「国語」の授業でそれらを扱いますが、通年科目として「話す」「演じる」というテーマがあったのです。こうして幼いころから人前で話す訓練や自分の意見を主張するトレーニングをしているからこそ、欧米人は堂々としているのだなと後に私は思ったものでした。

そのSpeech and Dramaでは脚本を使ったり、即興スピーチをしたりと毎回盛りだくさんでした。ただ、私はどうしてもその授業が苦手だったのです。理由は「英語力不足」でした。

当時の私のクラスは人数が奇数で、先生はその授業でペアワークを多用なさっていました。毎回クラスの冒頭で"Get into pairs"と指示を出してから活動させます。ところが英語力ゼロの私とペアワークをしたがる生徒はいなかったのですね。毎回毎回あぶれ、広い講堂の中でぽつんと「引き取り手のない身分」になることは、正直なところ、屈辱でした。

結局その都度先生がどこかのグループに私を押し込んでくださるのですが、語学力に乏しい私が入れば、そのペアにとって活動ペースが鈍化することになります。子どもは素直ですし、そのぐらいの年齢層の子というのはある意味で無慈悲です。入れてくれる女子2人が明らかに困惑していたのも覚えています。

あまりにもこの状態が続いたため、ある日私は思い切って担当の先生に直談判しました。つたない英語で「毎回あぶれるのは辛い。先生がペアを割り振ってほしい」と訴えたのです。私は小学校2年生まで日本の公立小にいましたが、その時の記憶では、「先生が色々と配慮して平等をもっと意識して下さった」という思いがあります。「日本にいればこんな思いはしないのに。どうしてイギリスではこれほどドライなのだろう」という悲しさが心の底にはありました。

幸い理解のあるイギリス人教師は、その日を境に配慮をして下さるようになりました。しかし、先生にしてみればご自身なりの授業計画があったのでしょう。結局また"Get into pairs"の号令は復活し、またまたあぶれるという時期が続きました。ようやく私の悩みが解消されたのは数年後のこと。私自身の英語力が追い付いたころで、まさに帰国直前のことでした。

このような体験から、自分が指導者となった今、学習者たちへ活動をさせる際には内心とても神経を使います。奇数の時はこちらであらかじめ人数を割り振ったり、毎回同じ人同士が活動をせず、なるべくミックスしたりという具合です。かつての私のように萎縮してしまっては、せっかく授業に出たのにその内容を100パーセント吸収できないと思うからです。

これからの時代、日本の教育現場には日本人以外の児童生徒がもっと増えることでしょう。今までのやり方だけでは通用しなくなります。日本人学習者を相手に最大限の効果を期待すべくアクティブ・ラーニングを取り入れるという趣旨はもちろんわかります。けれども今後、配慮すべき点はグローバル化による日本社会の多様化です。数十年前に私が体験したイギリスの多民族共生が、今、日本にも訪れつつあります。

未来を担う子どもたちが伸び伸びと学べるような環境をどのようにしたら築いていけるか。

行政、教育界、保護者、そして学習者などが考えるべき段階に差し掛かっていると私はとらえています。

(2017年6月5日)


【今週の一冊】
hiyoko-170605.jpg
「謎解き ヒエロニムス・ボス」 小池寿子著、新潮社、2015年

ここ数年、忙しさにかまけてしまい、美術展からすっかり足が遠のいていました。日本、とりわけ首都圏に暮らしていてありがたいのが、世界の名作が日本に来てくれることです。わざわざ海外まで行かなくても一流の美術品を見ることができるのですよね。日本美術はもちろんのこと、西洋美術やアジア、中東の作品など、実に多くの貴重品が日本では展示されます。

久しぶりに向かったのは東京都美術館で行われていたブリューゲルの作品展でした。幼少期にオランダに暮らしていたこともあり、ブリューゲルやフランドル地方の画家には個人的に興味を抱いています。今回の美術展ではあのバベルの塔も出展されており、会場も大いににぎわっていました。

ブリューゲルとの関連で展示されていたのがボスの作品です。ボスの作品は教科書や他の美術展で見たことがあったのですが、じっくりと鑑賞したのは今回が初めてでした。卵の割れた中から人が出ていたり、人のような獣のような不思議な物体がいたりと、実に謎の多い画風で知られています。キリスト教を主題にした作品や、寓話、教訓などが描かれており、当時の時代に人々が何を価値観として生きていたかが伺える美術展でした。

鑑賞後、改めて今回ご紹介する一冊を読み進めてみると、様々なことに気づかされます。一つ一つの絵の細かい部分にどのような意味が込められているのかを知るには解説書が大いに参考になるのですよね。今回は鑑賞後に読んだのですが、今後は出展作品をあらかじめ調べておき、出かける前に解説本を読んでおくとより一層楽しめると思いました。

本書はカラー版でボスの作品について初心者でもわかりやすく記されています。16世紀のオランダについて知りたい方、ボスの不思議な世界を味わいたい方、会期終了前に予習したい方にお勧めの一冊です。



第308回 ノイズに負けない覚悟

ある程度の年月、同じ仕事をしていると自分なりの「型」ができてきます。通訳の世界でも同様です。「○月○日に△△という分野の国際会議同時通訳を依頼された」としましょう。業務日からさかのぼって「いつ・何を勉強するか」がおのずから見えてきます。具体的には、「資料をそろえる」「話し手の動画をインターネットで視聴する」「著作物に目を通す」「用語リストを作る」という具合です。

もっとも通訳デビュー当時の私はやるべき課題に圧倒されていました。どれから手を付ければ良いかわからなかったのです。課題の多さに立ちすくんでしまい、あちこちをかじったものの結局どれも中途半端になってしまいましたね。結局、何も吸収しきれず時間切れ・当日突入という展開が多かったことを思い出します。本番では散々な出来になり、「自分に通訳者は向いていないのでは」と思い悩むこともしばしでした。それでも引退宣言をせずに今に至っているのは、やはりこの仕事が好きだったという一言に尽きます。

私はここ数年ほど教える仕事もしており、通訳とは違ったやりがいも感じています。と同時に、指導という職業にはまた別の大変さがあるとも思います。通訳の場合、自分で予習をして自分なりの訳語を口から発し、「できた・できなかった」という評価はある程度自分でも下すことができます。もちろん、お客様も通訳者の出来・不出来を場内アンケートなどで書くことはできるでしょう。クライアントからエージェントへフィードバックが直接行くこともあります。ただ、「単語を拾えた・拾えなかった」ということは通訳者本人が一番自覚しており、また、認識できるというのも通訳という仕事の特徴です。

一方、教室というのは受講生の状況も様々です。場の空気や自分のプロダクトに対する「自分自身が抱くコントロール感」というのは、通訳現場に比べると教室の方がはるかに難しいと私は感じます。

と言いますのも、通訳の場合、通訳者自身に「こうあるべき通訳商品」というアウトプット基準があり、それに合致していることが自分なりの合格点になるのですね。けれども指導現場の場合、受講生も千差万別であり、Aという指導法が教室メンバー全員に効果的という保証は一切ないのです。

さらに指導の場合、方法論もどんどん時代と共に変化しています。英語に関して言えば、文法訳読、パターン・プラクティスなどの指導法を始め、オーラル・メソッドや多読など時代と共に移り変わりもあります。オール・イングリッシュで指導すべしというお達しが出たこともありましたし、大学受験制度の変化など、時代に合わせていかねばならない部分もあるのです。

書店に行くと、「指導法」という名の付く書籍は実に多く存在します。今は小学校から英語を教える時代ですし、早期幼児教育という観点から世間の関心も高いと言えます。よって、英語教科指導法の本も棚の多くを占めるのです。一方、通訳アウトプットや通訳メソッド指導法の本などそれに比べればほとんどありません。英語教員への期待がどれだけ高いか、英語指導に携わる先生がどれだけ高い向上心を持っているかもこのことからはわかります。

しかし、こうしたたくさんの方法論というのは、万人に当てはまるとは限りません。著者自身がtried and tested methodとしてその方法を紹介していたとしても、その著者だからこそ成功したというケースも考えられます。その先生の個性やキャラ、置かれている指導現場など、多くのことが重なってうまくいっている方法という見方もできます。オール・イングリッシュで教えているA先生の方法をそっくりそのまま自分が導入しても、本で書かれているほどうまくいかないということも起こり得るわけです。

おびただしい量の情報が存在する昨今、自分のこれまでのやり方を刷新したいと思い、新たな方法を模索すれば当然様々な手法を目にするでしょう。それらを片端から取り入れてみて何とか自分の指導方法に新風をもたらしたいという気持ちもあります。私もその一人です。けれども、そうした方法を取り入れたものの、うまくいかなかった場合、まじめな教師ほど大きな挫折感を味わいかねません。焦燥感のあまり、それまで持っていた自分の持ち味を全否定までしかねないのです。

自分の強みは何か。
自分がどのようにすれば生徒のお役に立てるか。

そうした観点から物事をとらえられるようになれば、ダメージも少ないように私は思います。

大量の情報やノウハウ、他者の成功談を「参考程度」にしつつ、「ノイズに負けない覚悟」を持つことも、指導者には求められるのではないか。

「教える」という現場で試行錯誤を続ける私は、最近そのことを痛感しています。

(2017年5月22日)


【今週の一冊】
hiyoko-170522.jpg
"50 Successful Harvard Application Essays (5th Edition)" Harvard Crimson (Corporate Author)、Griffin、2017年

世界トップのハーバード大学に入学する受験生たちは、どのような入学志願書を書いているのか?

これが私を本書に向かわせたきっかけでした。日本の大学入試はペーパーテストがメインです。しかし、私が大学院生活を送ったロンドン大学を始め、英米の大学・大学院の多くが、入学動機を綴ったエッセイを重視します。エッセイと言っても、単なる軽めの作文とは程遠いものです。限られた文字数の中でその大学に対する熱い思いを記し、入試担当者を説得する必要があります。学業成績が良いだけでは入学が叶わないのです。

本書は実在する50人のハーバード大学合格者たちのエッセイが掲載されています。出願書類の長さ1ページ分エッセイに、それぞれの受験生が自らの強みや入学後に自分が貢献できることなどを書いており、その書き方も多種多様です。日本のような、いわゆる「対策」で乗り切れる入試ではないことが本書からは感じられます。

受験生たちの背景も様々で、人種も出身地もみな異なります。高校時代の内申書はほとんどがトップレベル。SATも高得点です。給付型奨学金を高校時代から受けていたり、各種受賞歴などもあります。つまり、そうした功績はハーバードを受験するのであれば当たり前。差を付けられる部分こそがエッセイなのです。

エッセイには各自の個性が表れています。物語風もあれば、冒頭からいきなり会話調にして読者をぐいぐい引き込む文章も見受けられます。パンチの利いた短文で読み手をハッとさせるものもあります。数学式で始めているエッセイもありました。アメリカは多様性を良しとする国であり、大学側もそうした個性を重視しているのでしょう。

私が中でも興味を抱いたのは、「高校時代の課外活動」欄でした。日本であれば、運動系の部活をPR材料にする受験生は多いと思います。しかし、本書に紹介されている50人のほとんどが文化系の活動を挙げているのです。「ホームレス支援団体部長」「文芸部創設者兼編集長」「室内楽部部長」「グリークラブ部長」「演劇部部長」という具合です。男子生徒でも、音楽や演劇分野で高校時代に活躍したことをアピールしているのが目立ちました。

日本の部活動はややもすると運動部の方がエライという機運があります。少なくとも私が中学高校時代はそうでした。けれども英米の場合、アカデミックな世界への進学を目指すのであれば、そうした分野でのPRが必要なのでしょうね。

エッセイの書き方本として参考になるのはもちろんのこと、大学受験生が日本とハーバードでは文化的に大きく異なる点を知ることもできた一冊でした。 


第307回 プロセスそのものを楽しめるか

実は最近、色々と考えねばならないことがあり、頭の中がゴチャゴチャする状況が続きました。そのようなときはなかなかchallengingです。でも「時」というのはありがたいもので、結局は時間が解決してくれました。GWも明けましたので、あとはまたフルパワーで(もちろん、無理のない範囲で!)夏に向けて歩みたいと思います。

今回自分自身が疲弊してしまった原因を私なりに分析してみました。具体的には、日記のページを左右に分け、左側に「好きなこと・得意なこと」を、右ページには「嫌いなこと・苦手なこと」をどんどん思いつくままに記していきます。仕事に限らず、家事や日常的なことすべてを順不同で書いてみました。

その結果、自分の傾向が見えてきたのです。たとえばケーキ作りのように材料をきっちり量り、オーブンの時間を合わせて作り上げるというのは私好みです。しかし、残り物をチャチャッと合わせてテキトーに一品を作るというのは不得手なのですね。他にも「掃除・洗濯・洗濯物畳みは好き」ですが、「窓ふき・窓の桟の掃除」はニガテです。

苦手なものも数多くこなせばいつの間にか慣れて好きになる。そうした考えももちろんあります。私もそう言い聞かせて好きになろうと努力してきました。けれども理屈抜きで「どうしても得意になれないこと」は存在するのでしょうね。正直なところ、私にとっての食事作りがまさにそれです。家族の栄養を考えて、もちろんしっかりと作るよう心掛けています。けれどもケーキ作りのように材料を量るさなかからウキウキしたり、オーブンから取り出したときのような「やったぁ!できたあ!」という達成感を通常の料理の場面ではあまり抱くことができないのです。要は料理が苦手科目ということなのです。

これまでの私は「家庭を持った以上、料理も得意科目にせねば」と躍起になっていました。私の場合、性格的にきちんとさせたいという思いがあるため、それこそ「だしスティック」ではなく、こんぶや煮干しでだしをきちんととらねばというぐらい極端です。冷凍食品も日常の食卓に出すのははばかられると勝手にハードルを設けていました。手間と時間がかかるゆえ、ますます苦手意識克服への道のりを遠ざけていたのです。

ショートカットを自分に許すこと。そして何よりも「得意な人を探して助けてもらう」ということを自分に許すことこそ大切なのだと思います。せっかく我が家は4人家族で、それぞれ得意分野を持っているのです。私が苦手とする項目は、逆にそのプロセスに喜びを覚えて取り組んでくれる家族メンバーに頼む方がお互いの幸せなのですよね。しゃかりきになって一人で抱え込み、燃え尽きてしまうのはあまりにももったいない!嬉々として引き受けてくれる項目は周囲にお願いして、私自身が幸せ感を抱ける事柄に集中したいと感じます。

気分ダウンで家族にはメーワクのかけ通しとなりましたが、この教訓を得られたのは本当に良かったと思っています。

(2017年5月15日)

【今週の一冊】
hiyoko-170515.jpg

「フェルメールからの手紙」
藤ひさし著、ランダムハウス講談社、2007年

世界中の美術ファンを魅了する画家フェルメール。生涯描いた作品はそう多くありません。有名な「牛乳を注ぐ女」や「天文学者」など、それぞれの絵画には多くの謎が秘められているようで、解説本もたくさん出ていますよね。

私もフェルメールが大好きで、美術展があれば出かけます。初めてその作品を観たのは幼少期に暮らしていたオランダ時代でした。また、学生時代にも短期留学でウィーンへ立ち寄った際、実際に鑑賞しています。ただその頃はさほど私の中でフェルメールが大きな存在ではありませんでした。それでも「実物を観られた」というのは、今にして思えば私にとって財産です。

今回ご紹介する一冊は映像作家・藤ひさしさんが記したものです。フェルメールの作品そのものの解説のほか、イラストや当時の時代考証などが紹介されています。中でも参考になったのは、各ページ右下にある年表でした。当時のフェルメールとオランダ、そして世界や日本、その頃の有名な絵画などが一覧になっているのです。カラーで色分けされているので、見やすくなっています。

フェルメールの妻・カタリーナは1675年の夫の死後も作品を手放さず努力を続けたそうです。しかし翌年には自己破産を申請、1677年には聖ルカ組合でフェルメールの作品は競売にかけられました。ちなみにその頃の日本と言えば江戸幕府が生類憐み令を発布したころです。

ところで今年から来年にかけて日本ではブリューゲルやゴッホの展覧会が開催されます。そちらも今から楽しみです。



2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 次 》


↑Page Top

プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。