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放送通訳者直伝!

第291回 潔さ

CNNではスポーツニュースも放送しています。BBCで放送通訳者としてデビューしたころはスポーツニュースに大いに手こずりましたね。と言いますのも、スポーツの場合、競技ルールやチーム・選手名、開催場所など、覚えておくべきことがたくさんあるからです。もともと私はスポーツが得手ではないこともあり、勉強課題のあまりの量に呆然としたものでした。特にBBCはイギリスの国営放送ですので、クリケットの話題も多く、LBW(leg before wicket)が聞こえてくればBLT(ベーコン・レタス・トマトサンドイッチ)が頭に浮かび、サッカーでpenaltyと来ればなぜか駐車違反の光景が脳内に浮上するというお粗末さでした。「私の日本語通訳を誰も聞いていませんように」と情けなくお願い(?)しながら通訳したものです。

それでも「経験」とは素晴らしいもので、何度も何度も携わるうちに、少しずつ全容が見えてくるようになりました。もちろん私自身、まだまだ競技によっては得手不得手があります。それでもサッカーニュースの通訳がきっかけとなり、今では地元チームを応援するようになっています。完璧にルールをマスターしたわけではありませんが、スタジアムまで応援に行くようになると、どんどん親近感が湧くものなのですよね。大事なのは自分から積極的に「好きになること」なのでしょう。

ところで先日のCNN World SportsではF1のロズベルグ選手インタビューが出てきました。Nico Rosberg選手はドイツ出身。イギリスのルイス・ハミルトン選手と同チームに所属しつつも、幼いころから良きライバルであり、近年はどちらが世界チャンピオンになるかで熾烈な戦いを繰り広げていました。そして昨年、ロズベルグ選手は悲願の初王者になった直後、引退を表明したのです。まだ31歳の若さなのに、です。

なぜあっさりと引退を決意したのか、その大きな理由として「家族との時間を持つこと」をロズベルグは挙げていました。「念願のチャンピオンになったので満足している。努力の結果が報われたから悔いはない」という趣旨の発言をしていたのです。

私はこうした潔さにとても惹かれます。世の中には様々な世界でストイックに頑張って現役を続ける人がいます。けれどもその一方で、惜しまれつつもあっさりと表舞台から去る方もいるのですよね。しかも本人はさばさばとしたもので、むしろ周囲が慰留するほどです。

日本でもずいぶん前に歌手の山口百恵さんが潔く引退しました。私にとってはもう一人、同じく「潔さ」を表す方がいます。神奈川県の高校野球で活躍した志村亮投手です。強豪・桐蔭学園で活躍し、その後は慶應義塾大学に進み、すばらしい成績を収めました。ドラフトでも大いに注目されましたが、ご本人は大学時代を最後にあっさりと現役を引退し、今は企業にお勤めです。それでもやはり周囲が放っておかなかったらしく、現在は地元の少年野球チームで監督を務めておられるそうです。

フリーランス通訳者の場合、特に定年はありません。自分の気力と体力が許せば、いつまでも活動できる世界です。では私自身はどこまでをめざすのか?通訳者としての自分と、後進の指導をどうバランスづけていくか?

「潔さ」というキーワードから最近はそのようなことを考えています。


(2017年1月16日)

【今週の一冊】
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「メイトリックス博士の驚異の数秘術」 マーティン・ガードナー著、一松信訳、紀伊国屋書店(復刊版)、2011年

最近私は「芋づる式読書」にはまっています。これは読んでいる本から何か面白そうなトピックを見つけると、それに関する次の本を見つけて入手するというやり方です。ここ数か月は大学の図書館のヘビーユーザーになっていることもあり、キーワードに遭遇するとすぐに検索してその本の並ぶ棚へ直行します。その周辺にある他の本にもざっと目を通すと、意外な本に出会えるのです。書店でも本棚を眺めているだけで思いがけず遭遇することができますよね。

今回ご紹介するのは、そのようなきっかけからどんどん広がっていった結果、行き着いた一冊です。出発点がどの本だったのかもはや覚えていないのですが、確か精神科医の学術書だったと記憶しています。ユーモアやジョークの大切さがその書には書かれており、そこで紹介されていたのが1983年発行の織田正吉著「ジョークとトリック」(講談社現代新書)でした。そしてその中に引用されていたのが今回取り上げたマーティン・ガードナーの復刊本です。

「数秘術」なる言葉を今まで私自身知りませんでした。要は数のマジックで、色々な出来事と数字の奇遇性を本書では紹介しています。中でも興味深かったのが、リンカーンとケネディの暗殺における類似点です。二人とも暗殺という形で非業の死を遂げています。ガードナーはその共通点を数字からとらえ、16点ほど挙げているのです。たとえば、

*リンカーンの大統領選出は1860年。ケネディの選出はその100年後の1960年。
*二人とも金曜日に、夫人の目の前で暗殺された。
*両夫人ともホワイトハウス在住中に息子を一人亡くしている。
*暗殺後の後任はそれぞれAndrew JohnsonおよびLyndon Johnsonで、いずれもジョンソン姓。前者は1808年生まれ、後者はその100年後の1908年生まれ。
*LincolnもKennedyも7文字。
*リンカーンの暗殺犯John Wilkes Boothは1839年生まれ。ケネディ暗殺者はLee Harvey Oswaldはその100年後の1939年生まれ。両者とも名前が15文字。

などなど、このように続くのです。奇遇と言えばそれまでですが、あまりにも不思議な一致ですよね。

ちなみに先日、米軍放送AFNを聞いていた際、ポップス界のどなたかに関する話題が出ていました。そこでもアルバムの発売日や売り上げなどに関して数字学的な一致について述べられていましたね。非常に興味深く思います。


第290回 今年のキーワード

2017年が始まり早や10日ほどが経ちました。いつも本コラムをお読みくださりありがとうございます。今年もみなさまにとって幸多き一年となりますようお祈り申し上げます。

さて、みなさんは2017年の目標は立てましたか?私は今年、自分へのキーワードとして「待つ」を掲げました。スピードを良しとする今の時代になぜこのことばを選んだか、今回はその背景からご説明しましょう。

通訳の仕事を始めてずいぶん年月が経ちましたが、私はこの業務を通じてたくさんの恩恵を得ることができました。未知の分野を知ることで自分の関心領域が広がったのが一点。ことばの面白さに目覚めて、目の前のものすべてが学びの対象になったのも私にとっては喜びでした。同時通訳という、コンマ何秒の速い世界に身を置く分、「一粒で二度おいしい」ような、そんな人生だと感じています。楽しみが2倍になったように感じでいるのです。

けれども速いペースがゆえに見失ってきたものもありました。あまりのスピードに自分自身が「大切なものを見落としてきた」と自覚すらしていないのかもしれません。とにかく「結論ファースト」「最短の時間で最大の生産性」をあらゆることに見出すような体質になってしまったのも事実です。

その一例として挙げられるのが、子どもたちから悩みを相談されたときです。私の頭の中では「こうしたらああなる。だからその対策にはあれをやってこれをして・・・」という具合に、急速度で即時回答を出したくなってしまうのですね。子どもたちに対して良かれと思って、ついつい結論を口にしてしまったのです。

けれども本人たちにしてみれば、単に愚痴を聞いてもらいたかっただけということもあります。のんびりとお茶でも一緒に飲みながら本人の語りに耳を傾ける。それだけのことを親に期待していたのかもしれません。それなのに「速く解決法を提示すること=良し」というせっかちな図式が私の中には無意識に出来上がっていたのでしょう。あるいは、早く解決策を述べることで愚痴タイムを切り上げ、私は私で自分の勉強をしたいと内心思っていたのかもしれません。

今の時代、英語学習やダイエットを始めあらゆることが「数値化」される時代です。資格試験の点数や目標体重などがすべてゼロから9までの数字で表され、私たちは即時提示された数に一喜一憂しがちです。巷には目標達成のための自己啓発本がベストセラーとなっています。大きな夢を抱くことは大切ですが、人間というのは過去でも未来でもなく、今この瞬間しか生きられないのです。先のことを憂えたり、過ぎ去った負の出来事に心を支配されたりしても、生きることができるのは「今」だけなのです。

だからこそ私は物事に対して「待つ」ことも大切だと感じるようになりました。最短の時間で最大の効果を狙うのでもなく、最小限の努力で最大の生産性を求めるのでもなく、じっと待つこと。それは現状を受け入れることであり、相手の存在を認めることであり、自分の中に沸き起こるあらゆる感情をありのまま受け止めることになります。待つことにより、「今」そのものが充実してくると私は感じているのです。

世の中はデジタル化が進み、本当に便利になりました。けれども私たちはコンピュータの処理速度並の速さをすべてに求めすぎてはいないでしょうか?本来の技術革新というのは、私たちができないことをやってくれることを意味し、私たち自身がその技術と同じ速度を求める必要性はないと私は考えます。産業革命期に人が機械の速度と同じスピードで作業しようなどと思わなかったのと同じです。

「時」は二度とやってきません。それなのに人生そのものに即時効果を求めがちになるから辛くなるのだと思います。ゆえに私は今年「待つ」ということばを意識しながら一年を大切に過ごしたいと考えています。


(2017年1月10日)

【今週の一冊】
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「世界の文豪の家」 阿部公彦他編、エクスナレッジ、2016年

2017年の第一冊目を飾るのは「世界の文豪の家」。本書を手に取ると、真っ赤なインテリアが輝くサロンのカラー写真が目に飛び込んできます。この部屋の主はヴィクトル・ユゴー。言わずと知れた19世紀のフランスの文豪です。ユゴーは数々の名作を残していますが、生前は妻との不仲、50年にもわたる女優との愛人関係、長女夫妻の事故死などに直面しました。政権側と対立し、亡命生活を送ったこともあるそうです。

本書は世界の文豪がどのような家に住み、当時を生きたかが写真と文章で説明されています。マーク・トウェイン、モンゴメリ、マーガレット・ミッチェル、ワーズワース、ディケンズ、ゲーテ、ヘッセなどの著名作家は日本でもおなじみです。一方、日頃あまり目にしない北欧のラーゲルレーヴやブリクセンなども登場します。

写真を眺めていると当時の流行や人々のモノへのとらえ方がわかるような気がします。居住空間は比較的ゆったりしており、庭は美しく手入れされ、家具調度品も立派です。日常生活そのものはたとえ質素でも、一生に及ぶ「暮らし」自体を大切にする時代だったのでしょう。即物的とは対極にある人びとの生き方が感じられます。

中でも私の目に留まったのはヘミングウェイとゲーテ。両者とも立ち机で執筆していたそうです。私も自宅ではしばらく立って仕事をしていたのですが、その後やめてしまいました。けれどもまた肩こりが酷くなったこと、何時間も座り通しになりがちであることなどをふまえ、再び立ち机に魅了されていたところです。

今年も仕事環境を改善しながら、生産性を目指して一つ一つの仕事に丁寧に取り組みたい。そのような読後感を抱いた一冊でした。


第289回 手帳を見返してみる

2016年も残りわずかとなりましたね。みなさんにとってこの12か月間はどんな日々だったでしょうか?本コラムをお読みくださる方の中には通訳者デビューを目指していらっしゃる方もおられることでしょう。日々の勉強や努力は決して裏切りません。どうか来年も夢に向かい歩み続けていかれることをお祈りしています。引き続き私の拙文が少しでもお役に立てれば幸いです。

私にとってこの1年間は本当にあっという間でした。大学入学時に先輩から「1年生、2年生なんてあっという間。すぐ就職することになるよ」と言われたことがあります。その時は半信半疑でした。ところが先輩の言葉通り、年を重ねれば重ねるほど毎日が瞬く間に過ぎていくのです。大学時代から今に至るまで、それこそ目をちょっとつむっている間に来てしまったという感じさえします。

私は毎年暮れになると、海外に住む友人たちへクリスマスカードを送っています。その際、我が家の近況報告をA4一枚にまとめているのですが、「あれ?今年はどんなことがあったっけ?」と年々ネタに迷うようになっているのです。今年も同様でした。夏休み以降のことは記憶に新しいのですが、春先のことなどは完全に忘却の彼方となっています。人間というのは新しい情報をどんどん仕入れていきます。その代わりに自分にとって不要なものや古いものは忘却できるような頭の構造になっているそうです。肝心なことを忘れてしまうのも困ってしまいますが、辛いことなどはそのようにして浄化できるような仕組みにヒトは生まれもって成り立っているのでしょう。

ちなみにみなさん同様、私にも大変だなと思えることはこの1年間でいくつかありました。仕事のことや体力について、あるいは人間関係や家族のことなど、「悩みの種」は生きている限りつきものであり、私も例外ではありませんでした。けれども人間、落ち着くべきところに落ち着くものなのですよね。渦中にいるときは先が見えず、焦ったり悩んだりするものです。けれども過ぎ去ってみれば、その辛さ自体が薄れていったり、もはや気に病むほどのものでもないと思えるようになったりもするのです。

私はずいぶん前から手帳を愛用しています。手帳には日々の予定だけでなく、覚書やメモ、日記など、あらゆることを書き込んでいます。本格的に長文を書く際には別のB5ノートに記しますが、移動中であればもっぱらこの手帳が私の備忘録となります。幸い手帳の後ろのほうには白紙ページがありますし、日程を書き込んだ以外の余白もちょっとしたメモスペースとして活用しています。今年初めから書き込んだことを今、改めて読み直してみると、すっかり忘れていた悩みや人には言えない愚痴(?)やらが目に飛び込んできます。こうして読み返してみると、「あ~そうだった。あの時はこんなことでウジウジしていたんだ!」という思いになります。当時は大真面目でノートに思いを書きつけていましたが、時期を経て読み直してみると、それが今では悩みではなくなっているのですね。もちろん、「すべての課題が解決できて晴れて年末!」というわけではありません。積み残したものもたくさんあります。それでも、悩みや迷いの多くは永遠に同じテンションで存続するものでもないのだということを私は実感しています。

さあ、2017年まであとわずか。来年の手帳にはどのようなことが書き込まれていくのでしょう?新しい年も健康に留意し、少しでも社会のお役に立てるような仕事をしていきたいと願っています。今年もご愛読いただきありがとうございました。また1月にお目にかかりましょう。Wishing you all a very Happy Holiday season!


(2016年12月26日)

【今週の一冊】
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「写真で読み解く雷の科学」 横山茂・石井勝著、オーム社、2011年

勤務先の大学図書館で環境問題の書籍を探していたときのこと。ふと近くの書棚まで足を延ばすと地震や竜巻などの本が並んでいました。図書館の素晴らしいところは、関連する本が系統的に配架されていることです。書店の場合、どうしても販売面積上、新刊本だけだったり、出版社別にしたりという制約がありますが、図書館は日本十進分類法で並べてあるのですね。よって、実際に本を眺めながら関連本を芋づる式に探し出すこともできます。書棚を眺めるだけで、自分の知識が広がっていることが実感できるのです。

今回ご紹介する一冊はそのような最中に出会ったものです。日頃「ことば」オンリーの通訳界で仕事をしているためか、絵画や写真など視覚に訴えるものに私は惹かれます。雷というのは身近なものでありながら、実はよくわかっていなかったことに私は気づきました。そこで読んでみることにしたのです。

雷というのは実にいろいろな種類があることが本書からはわかります。用語だけ拾い上げても「雷光」「負極性落雷」「稲光」などなどです。「界雷」は寒冷前線に伴う雲による雷、「針立雷」は「はりたていかずち」と読み、古典文学の作品名です。意味は「雷」です。

一瞬にして消えてしまう雷を写真におさめるのはさぞ大変だと思いますが、本書は雷写真コンテストの傑作選としてカラーで紹介しています。空の上空から下へ向かうのが雷と思いきや、横にまっすぐ伸びる光をレンズがとらえたものもあります。太い線もあれば細いものあり、色も白や赤など様々です。

個人的に興味深く思ったのは、航空機への落雷です。今では機体技術が進化し、落雷でも運航に影響が出ないような作りになっています。とは言え、本書には成田空港付近で雷が航空機へ落ちた瞬間をとらえた一枚もあります。しかも説明文いわく、航空機への落雷は珍しくないのだとか。乗客は揺れや光など、何か具体的に体験するのでしょうか?想像するとちょっと鳥肌が立ちそうです。

間もなく新年。初日の出だけでなく、雷などの自然現象にも関心を持ちながら2016年最後の本コラムを締めくくりたく思います。どうぞみなさま良いお年をお迎えください。また1月10日にお目にかかりましょう!


第288回 番付2016

日本経済新聞では時々、商品に関する番付が発表されています。その年に発売されたアイテムやサービスなど、東西に分けて相撲番付のごとく紹介しているのです。「そういえば、今年の始めにこれが流行したっけ」「このサービスは本当に便利だった」という具合に、一年を振り返りながら私もその記事を欠かさず読んでいます。

私の場合、もともと「モノをできるだけ増やさずスッキリ暮らしたい」という思いがあります。片づけや断捨離など、書店でそうしたキーワードの本を見かけるとつい読んでしまうほどです。ヘアサロンで手にする雑誌にも不定期で片づけ特集と銘打った企画がよく掲載されています。ヘアカラーから帰宅後、そのまま片づけ開始などということもありますね。

出来る限り今あるモノで何とか切り抜けるべく、創意工夫をすることがおそらく私にとっては楽しいのだと思います。とは言え、手持ちのアイテムだけではうまくいかない場合、もちろん新たな商品を調達します。そこで今回は、今年私が入手したモノや利用したサービスで役立ったものをご紹介しましょう。読者の皆様の参考にしていただければ幸いです。

1.多機能ペン
私は長年「3色ボールペン+シャーペン」の多機能ペンを使っていました。インクの出が非常に滑らかで書き易く、キャップ側には小さな消しゴムも付いています。鉛筆書きをする際にも安心して使えるのですね。替え芯も多めに揃えて同じペンを長いこと愛用してきました。ところが今年初め、このペンが壊れてしまったのです。同じ型版を探したところ、なんと製造中止!ネットオークションでも探しましたが、見つかりませんでした。そこで使い始めたのが、あの有名な「消せるボールペン」です。この3色タイプを現在は使っています。多少インクの消費が早いのですが、書いて消せるという便利さは何物にも代えがたく、以来、ヘビーユーザーになっています。迷った末に購入しましたが、大満足の一品です。

2.ビジネス型リュック
ハイ、今年もビジネスバッグが壊れました。重いものを入れてガンガン使うため、ビジネスバッグはいわば消耗品です。これまでは肩にかけるタイプだったのですが、左肩にいつもかけるため、肩こりの原因に。そこで買ったのが女性向けビジネスリュックです。私の場合、中にA4書類が「横向きで入ること」が絶対条件だったのですが、幸いインターネットで見つけることができました。肩に背負うことがここまで体を軽くしてくれるのかと実感しています。

3.小型ショルダーバッグ
引き続きカバンの話題です。ついついあれこれ入れて重くなるのを防ぐため、今年は「容量自体が小さいカバン」を選びました。ショルダーにもなり、手にもかけられる布製バッグです。長さを調節することで斜め掛けにもできますので、重宝しています。

4.オーダー靴
外反母趾に長年悩まされている私にとって、歩きやすい靴というのはほぼ不可能な状態が続いていました。そこで今年は思い切ってオーダーのパンプスを入手してみたのです。型を取り、足のタイプなどを徹底的に測定したうえで作っていただいたところ、足にしっくりとなじみ、たくさん歩いても全く疲れないパンプスが手に入りました。量販店の靴と比べれば確かに高額ですが、毎日自分を支えてくれ、健康をも左右する靴ですので費用対効果大です。

5.家事代行サービス
今年も窓や浴室・台所の掃除サービスを専門会社に頼みました。自分で掃除できなくもないのですが、たまってしまった水垢や窓の桟の汚れなど、素人で落とし切るには限界があります。家事代行会社はキャンペーンを実施していますので、「年末の大掃除の時期に」などと言わず、季節外れであってもキャンペーン期に合わせて依頼することでpeace of mindは確実に得られます。私の場合、スタッフの方々にお掃除していただいている間、別室で仕事が大幅にはかどったのは言うまでもありません。

以上、私にとって大いに役立ったものを「番付」でご紹介しました。ちなみに今年は旅先でレンタカーを借りる際、以前から乗ってみたかった新車にトライしたり、ようやく我が家にもカーナビやETCを取り付けたりと、車関連でも楽しい進歩がありました。モノやサービスを上手に使い、充実した日々を来年も送りたいと思います。 

(2016年12月19日)

【今週の一冊】
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「シェイクスピアは『ターヘル・アナトミア』」 近藤ヒカル著、光陽出版社、2011年

シェイクスピアの生年は1564年、没年は1616年です。「人殺し、色々」と私は覚えたものでした。同年代の日本と言えば、朱子学・林羅山の時代です。

今回ご紹介する一冊は、シェイクスピアの作品に出てくる様々な病気をテーマ別にとらえたものです。ページをめくると「外科学」「内科学」「伝染病」という具合に紹介されています。私はシェイクスピアの作品すべてを読破したわけではないのですが、これまで鑑賞したいくつかの劇を中心に本書を読み進めてみたところ、実に興味深い内容でした。

たとえば「リア王」。この劇の中には一時リア王が狂気に見舞われ、末娘のコーディリアが父親を救うシーンがあります。他にもマクベスの狂気についても説明されています。現代の医学と当時の治療法の比較や、聖書に描かれた同様の病気など、著者は幅広い視点から記しているのがわかります。

病気と死。これは人が生まれてきた以上、平等に与えられるものです。古の時代の病への思いと現代の西洋医学、神が病気をどうとらえたか、あるいは中世の画家たちが病をどのようにキャンバスに描いたかなど、シェイクスピアをキーワードに教養的な知識を得ることができる一冊となっています。

本書を読み進めるにつれ、病気による差別がかつてどれだけはなはだしかったか、そして多くの人々の良心や倫理観により、いかに偏見が克服されていったかも読み取ることができます。この一冊を読むことで、シェイクスピアや医学への距離感が縮むというのが私の読後感です。シェイクスピア没後からちょうど今年で400年が経ちます。


第287回 一期一会

私の場合、長年フリーランス勤務が続いています。大学卒業後は会社員として定時の仕事に就いていました。平日は満員電車に揺られ、夕方は会社や友人とのお付き合いで帰宅が遅くなり、行きも帰りも座れない通勤というのはなかなかハードでしたね。就職直後は仕事も好きで張り切っていたのですが、そのうち「留学したい」という思いや「英語の勉強がしたい」という情熱が高まり、週末は専門の学校へ行くようになりました。多少の寝不足も何のその、夢さえあればという思いがありましたので、今にして思えば若かったのでしょう。

留学から帰国後は正社員の仕事に就くことができず、どうしようかと思っていたところ、運よく通訳の仕事が回ってきました。以来、ロンドンのBBCでの4年間を除きずっとフリーランスです。会議通訳の仕事のおかげで、それまでは体験できないようなことを見聞することができ、自分の人生観も大いに変わりました。また、すばらしい方々の言葉を通訳したり、お人柄に触れることができたりと、職業冥利に尽きることもたくさんありました。本当にありがたいことと思っています。

人生、生きていれば色々な人に巡り合うものです。通訳業務の場合、たいていは一期一会の世界です。「これほどの素晴らしい人と一度しか会えないなんて」という方もいらっしゃれば、その逆のケースも私は経験しています。後者に関しては「自分と価値観や倫理観が異なる」というのが、違和感を抱く最大の理由でした。ただ、通訳者の場合、「仕事を依頼した側」つまり、クライアントが私の雇用主になりますので、通訳者としては忠誠を誓わねばなりません。たとえ自分の人生哲学に合わなかったとしても、意味を捻じ曲げて通訳してはいけないのです。

幸い私の場合、すばらしい方々のお傍で通訳する機会の方が断然多かったのですが、自分の良心と照らし合わせて通訳するのが苦しかった、というケースもごく稀にありました。海外の方が来日の際、日本の企業へ同行したのですが、訪問目的の趣旨が私の価値観と合致しなかったのです。私がただ単にnaïveで神経質になり過ぎていた、ということもあったのでしょう。

ではそのようなとき、どうするか。こればかりは、その業務が終了するまで忠実に自分の役目を果たすのみです。訪日目的が明らかに法律違反ではなかったのですから、こちらが目くじらを立てたり気分を害したりしていては、それだけで邪念が入ってしまい、通訳の精度が落ちてしまいます。業務時間中はとにかく通訳という行為自体に集中して、あれこれ考えないようにするのが最善策なのです。

これは日常生活でも同じことが言えると私は考えます。過去の嫌な出来事を思い出してしまったり、自分が苦手な相手のことを考えてしまったりするだけで、私たちはついつい気分を自ら暗くしてしまいます。このような心境に陥ると、よほど即座に、そして大々的に気分転換でもしない限り、負の感情がのさばってしまうのではないでしょうか。

「今、この瞬間」にその人やその出来事と直接的な接点がないのであれば、もはや心配に値することでは実はないのですよね。そのことを考えること自体、正直なところ、単なる「時間の無駄」でもあるわけです。自分の貴重な「人生時間」をそうした人や出来事に捧げてしまっていることになります。

では、常時接点がある際にどうするかを考えてみると、これは「改善のために直接的行動に出る」「耐える」「そこから離れる」の三択しかありません。中でも「耐える」というのはかなりハードな選択肢です。けれども、極端な話、「演じているのは見事に耐えているワタシ」といっそのこと、思い切りなりきってみるのも、逆説的ではあるのですが一案だと思うのです。

心身を害するまで我慢することはもちろん良くありません。けれども、日常生活では「気分がすぐれないものの、あえて明るく振舞っていたら何だか楽しくなってきた」という経験を私自身しています。それと同様、「耐える演技をしていたら、何だか乗り切れてしまった」という方法もあるのではないかと最近の私は考えているのです。

人生、長い目で見ればすべて一期一会の世界です。特にフリーランス通訳というのはそれが色濃くあります。狭い視野の中でうじうじ悩むのでなく、何事も割り切ってみる、ダメなら次の案を実行してみる。

こうした方法を実践し、試行錯誤しながら人生は続くように思います。

(2016年12月12日)

【今週の一冊】
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「図説 戦時下の化粧品広告〈1931-1943〉」 石田あゆう著、創元社、2016年

ことばを生業としているため、「活字」の色々な側面に私は日ごろから注目するようにしています。たとえば語源や意味、ことばの変化などです。ことばは生き物であり、時代と共に変遷します。そうした違いを日本語だけでなく、他言語でも楽しむようにしています。

もうひとつ、日常生活の中で関心を抱いているのが「デザイン」です。ただ、私自身、子どもの頃の図画工作、あるいは美術の成績はさっぱりで、今も自ら絵を描いたり制作をしたりすることは得手でありません。私の場合、もっぱら「観る側」にまわっています。幸いに首都圏に暮らしていると、世界各地の名画や作品の展覧会がありますので、本当にありがたいと感じます。ちなみに数年前のこと。東京で見逃してしまったフェルメール展を出張先の九州で観たことがありました。仕事の合間を縫って閉館間際に駆け込んだのですが、実物を鑑賞できてとても幸せだったことを思い出します。

さて、今回ご紹介するテーマは「化粧品広告」。しかも時代は第二次世界大戦前から半ばまでのものです。この時代にしては2色刷りでカラーも見られ、描かれているデザインは当時としてはとてもモダンであることがわかります。実際、当時のキーワードは「モダンガール」。ポスターに写る女性たちはいずれも黒髪の色白美人です。戦争前の広告に注目してみると、着物姿も多く、その一方で洋装に帽子、毛皮などの装飾品も見受けられます。まだ厳しい戦争に突入する前でしたので、その頃はまだ女性たちのあこがれを表す余裕があったのかもしれません。

ポスターに書かれている文言も縦書きや右からの表記が多く、「ニキビ」も左から読めば「ビキニ」、「クリーム」は「ムーリク」とついつい読んでしまいます。写真ポスターの特徴としては、真正面を見つめたものより、斜め上を見つめているものが多いように思いました。未来に向けての目線、ということでしょうか。

どのポスターも美しく、絵葉書好きの私にとってはぜひともポストカードにして販売してほしいものばかりでした。




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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 通訳学校で後進の指導にあたるほか、大学の英語学習サポートルームにて英語学習アドバイザーも務める。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。