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放送通訳者直伝!

第316回  せめて伝わる口調で

相手に何かを伝えたいとき、どうすれば一番効果的に伝わるか。

コミュニケーションの仕事に関わる私にとって、これは永遠の課題となっています。

相手が聞き取りやすいように「大きい声で」「はっきりと」話すというのは、必要最低限と言えます。けれどもそれだけでは伝わらないというのが最近実感しているところです。

たとえば、難しい交渉相手にこちらの要求を伝える場合、単に声高にパキパキと畳みかけるような話し方だけで先方がこちらの要求をいつも飲んでくれるとは限りません。むしろ、そうした話し方に相手は拒絶反応を示してしまい、聞く耳持たずということもあり得るのです。

これまで携わってきた通訳業務を振り返ってみると、成功のカギが3つほどあることに気づかされました。

1つ目。穏やかに話すことです。

もちろん、相手が聞き取れる声の音量は必要ですし、滑舌の良い話し方が求められます。けれども、パンパンパンと迅速さ「だけ」で話しても一筋縄では行かないことがあります。むしろ少しゆっくり目のペースで穏やかな口調の方が、相手にとっても聞いた内容を吟味・解釈する余裕が出てきます。「声に笑顔を持たせる」と言えば良いのでしょうか、声そのものが微笑んでいるような雰囲気です。

このような話し方は相手に安心感を与えます。そしてこちらに対しても「あ、穏やかな人なのだろうな」と思ってもらえます。それが好感となり信頼感となって、「では、話を聞いてみよう」と相手に思わせるのですね。

2点目は、自分と相手を明確にすることです。「私はこう思う」「私はあなたにこうして欲しい」という具合に、誰が主体となるのかを明らかにします。「一般論では」「世間の常識では」と言ってしまうと、それを聞いた相手は「自分には関係ない」と思いかねません。そうなってしまうと、どれだけ良いことを伝えていてもシャットアウトされてしまいます。

3つ目は、根気強く語り続ける点です。大事なことは伝わるまで何度も言い続けなければなりません。一度言ったから大丈夫と思わず、自分や相手にとって大切なことは繰り返し口にする必要があります。特に先方の壁が厚いほど、粘り強く繰り返すことが求められるでしょう。

これは仕事だけでなく、日常生活でも応用できそうです。特に家族の場合、甘えが出てしまい、かえってこちらの言うことが伝わらないというケースがあります。家族とは言え、やはり独自の個性を持った一人の人間です。「家族だから許してくれる、だから何でも言って良い」「どういう伝え方でもOK」とするのではなく、家族だからこそ、粘って粘って伝え続けなければならないこともあるのですよね。

コミュニケーションというのは本当に奥が深いと思います。相手が誰であれ、誠意を持って伝え続けること。伝わりにくいのであれば、せめて伝わる口調を工夫すること。

この作業は私にとって一生続きそうです。


(2017年7月24日)

【今週の一冊】
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「日野原重明 一〇〇歳」 日野原重明、NHK取材班著、NHK出版、2011年

私が日野原先生のお名前を最初に知ったのは、確か高校生ぐらいの時だったと記憶しています。確か朝日新聞でした。著名人が寄稿するコラムに先生の文が掲載されていたのです。すでに当時から聖路加国際病院の先生として著名でいらっしゃいましたが、そのコラムにはご自身の半生を振り返る内容が綴られていました。

中でも衝撃的だったのが、「よど号ハイジャック事件」に巻き込まれ、人質となった体験談でした。乗客乗員全員がとらわれの身となり、いつ解放されるかもわからない。そのような中、犯人たちが何冊かの本を乗客たちに提供したのでした。日野原先生はそこで「カラマーゾフの兄弟」を選び、機内で大切に読み進めたことがそこには書かれていました。無事解放されてからは、自分の人生が自分のためだけではなく、人への奉仕であるという思いで生きている旨が綴られていたのでした。

以来、日野原先生のご活躍をテレビや書籍などで拝見するように私はなりました。私たちは日々、生きているとたくさんの恩恵を受けます。けれどもそうした御恩を施して下さった人へいつも直接お礼ができるとは限りません。ありがたいことをしていただきながら、孝行することもできず、ということが少なくないのです。だからこそ、いつかどこかで別の形でどなたかにその御恩を渡していくことが大切である、というのが日野原先生のメッセージです。この訓えを知って以来、私自身、どのようにすれば御恩のバトンリレーを続けていけるかを考えています。

本書はNHKのドキュメンタリーを土台とした一冊です。99歳の日野原先生をNHKは1年かけて密着取材をおこないました。巡回回診の様子、ご自宅で若手研修医たちを招いた懇親会、小学生向け命の授業など、先生の多様なご活躍が本書では紹介されています。先生は惜しくも105歳で先日お亡くなりになりましたが、使命感を持って生き続けることの大切さを率先して示されました。

部下を持つ上司、指導の場に立つ教員、学ぶ側の児童・生徒・学生、介護に携わる人を始め、あらゆる方が本書を読むことで勇気づけられると思います。ぜひこの一冊を通じて在りし日の先生のお姿に触れ、未来を担う私たちに与えられた「課題」を一人一人気づくことができればと私は考えています。


第315回  でも、やって良かった

掃除機がけや片づけは大好きで、昔から整理整頓は一種のストレス解消になっていました。大好きな音楽をかけて、要・不用品をひたすら整理する。思ったよりも潔く大量のごみを捨てられると心もすっきりします。これにより達成感を抱くことができるのですね。掃除機がけも同様で、ホコリが見る見る吸い取られていき、最後はピカピカになると、「今日もきれいになって良かった~」としばし感慨深い思いを抱きます。

その一方で、大の苦手としている家事があります。
窓拭きです。

なぜ苦手なのか自分なりに分析してみました:

1.そもそも慣れていない
→片づけや掃除機がけは子どもの頃からやっていて段取りもわかる。けれども窓拭きの場合、何をどうして良いのか戸惑ってしまう

2.届かない場所がある
→私は背が153センチほどしかありません。よって、窓の上辺部分は手が届きにくく、掃除が大変そうという思いがあります。

3.マンションの中層階に住んでおり、拭けない窓がある
→ベランダ付きの部屋であれば外側から拭けます。しかしベランダなしでは窓の外側を拭くことができません。プランターボックスはあるのですが、人が立つには小さすぎます。わざわざそこに出て中腰で窓の外側を拭くのは高所恐怖症の私にとってはhuge challengeです。

このようなことから、「窓拭き=大変=私にはできない」という思いでこれまで来たのですね。よって年に数回、外注してピカピカにしていただくという方法をとってきました。

プロの方の手にかかると、本当に見違えるぐらい美しくなります。仕上がった窓を見ていつも思うのは、「よし、今度こそこの状態を保とう。もっと頻繁に自力で拭いていればあそこまで汚れないはず。これからは毎日丁寧に拭こう」ということです。

けれども、ハイ、そもそも苦手意識があるので、その一大決心も1日で崩れてしまいます。

とは言え、プロにお願いするには当然ですが費用はかかります。見積もりに来ていただく日とお掃除の当日、私が在宅でなければなりません。そのようなことを思いながら、ここ数週間、とことん汚れてしまった窓を見つめてはため息ばかりついていました。

そこで今回は意を決し自力で拭くことにしました。

方法は至ってオーソドックス。濡れぞうきんで大きな汚れを拭き取り、その後、新聞紙で水滴を拭きあげるという方法です。「おばあちゃんの知恵」的な方法ですが、とてもきれいになるのですよね。

ふだんの私であれば「仕方ないから掃除しよう。大変だけど頑張ろう」という思いを抱きながら掃除をします。けれども今回は発想を変えてみました。こう考えるようにしたのです。

「誰のためでもなく、これは自分のため。
きれいになれば達成感を抱ける。
家族も喜んでくれるし、ピカピカの窓になれば
『大変だったけど、よく頑張った、自分!』と思えるはず。」

このような考えだけを頭の中に抱きながら、ひたすら拭きあげていきました。

さほど大きな家ではないのですが、それなりに窓の数はあります。けれども不思議なことに、最初は今一つだった要領も、何か所か拭いているうちにリズムが出てきたのですね。自分なりの段取りが出来上がってきたのだと思います。

一枚拭くごとにピカピカになった窓を眺める。「やっぱりきれいになった。拭いて良かった!」という思いが湧きあがります。

そしてこれを繰り返すこと数十分。高所恐怖症で敬遠していたプランターボックスにも出て、中腰で拭きあげました。これが私にとっては最大の難所克服でした。

もちろん、プロの仕上がりに比べれば恥ずかしいぐらい汚れが残っています。それでも自分なりに一段階次のレベルへ行けたというのは、大きな達成感です。

苦手なことも、このようにして自分なりに原因を分析し、それをクリアするための工夫をすると、何かしら得るものがあるのですね。「でも、やって良かった」という思いがきっと出てくるはずです。

これからも様々なことにあきらめずチャレンジです。

(2017年7月18日)

【今週の一冊】
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「切手が伝える化学の世界―化学に親しむはじめの一歩(切手で知ろうシリーズ)」 齊藤正巳著、彩流社、2013年

小学校2年生の秋にアムステルダムへ転居しました。その年のクリスマスに父からプレゼントされたのはスタンプアルバム。切手を保管する台帳です。そこから私の切手集めが始まりました。

オランダは埋め立て国家。どこまでも平らで日本とは異なる気候風土です。暗く長い冬を乗り切るうえで切手集めは格好の楽しみでした。父は仕事で届いた郵便物の使用済み切手を職場から持ち帰り、母は日本から届いた切手を切り抜いて渡してくれました。やがて街の切手ショップで買い集めるようになり、コレクションはどんどん増えていったのです。

8歳と言えばようやくひらがな・カタカナを習得して、基本漢字を学び始めるような年齢です。アルファベットは私にとって謎の記号でした。それでもCCCP、Magyar Posta、Helvetia、Polska、Sverigeなどと書かれた切手を国別に分け、ファイリングしていったのです。自分なりに「しー・しー・しー・ぴー」「まぎーや・ぽすた」などと勝手に読んでいました。ソ連、ハンガリー、スイス、ポーランド、スウェーデンと知ったのはずっと後のことです。私にとっての切手収集は世界への入り口であり、地図好きのきっかけであり、デザインや美術、描かれた各テーマへの好奇心の源となりました。

今回ご紹介するのは、切手が描いた化学の世界です。元素記号を始め、化学界に功績を立てた偉人たちの姿や環境問題などを紹介しています。偉人に関してはキュリー夫人を描いた切手が数多く発行されていました。その肖像も国によりけり。写真風のものもあればイラスト風に描かれたものもあります。いずれも真剣に実験に取り組むキュリー夫人が小さな切手の中に表れているのがわかります。

もう一人よく取り上げられているのが、周期表を発見したロシアのメンデレーエフ(1834-1907)です。立派なひげをたくわえたメンデレーエフは35歳の時に周期表に関する論文を発表しました。そのメンデレーエフを描いたソ連切手もたくさんあります。ちなみに金額表示は「kon」。これはルーブルの補助通貨「コペイカ」です。

・・・それにしてもメンデレーエフがムソルグスキーやブラームスに見えるのは私だけでしょうか?


第314回 調子が出ないときどうする?

通訳の準備や英語の勉強というのは、つくづく「体育会系」だなあと感じます。コツコツと練習を積み重ねること、体力を要すること、集中力が求められることなど、スポーツ選手の活動と通じるところがあるからです。

体調も良好で気分も前向きであれば、トレーニングにも励みやすくなります。けれども人間は機械ではありません。調子が良いときもあれば、今一つのときもあります。すべて良い状態であれば、あれこれ考えなくとも取り組めるのですが、いつもそうとは限りませんよね。

体力が落ちてくると私の場合、ついつい行動をとるよりも「考えること」に時間もエネルギーも取られがちになります。たとえば学期末の「採点作業」。テストの丸つけを試験当日にするか、日を改めて取りかかるかで迷います。テストを実施した日の夕方や夜というのは、一日の終わりで疲れているので、できれば体力を挽回してから取りかかりたいという思いもあります。けれども大量の答案用紙を前にすると、また別の日というのもそれなりに大変です。つまり、「残っているエネルギーで当日中に一気に仕上げるか」、それとも「充電してから後日改めて取りかかるか」で迷ってしまうのです。

確かに体力を挽回してからの方が集中力も増すでしょう。けれども私の場合、「よっこらしょ」という感じで再スタートを切るにもかなりのエネルギーを要します。ですので最近はもっぱら「とにかく当日中に取り組めるのであれば、一気におこなうこと」と言い聞かせています。体力的には少々辛いですが、あえてその日のうちにすぐ仕上げてしまった方が、完了したときの自己評価と満足感がとても高くなるのですね。「お~~、忙しいのに、疲れているのによくがんばった、自分!」という具合です。

これは仕事に限らず、他のことでも応用できそうです。大変なときほど、ほんの少しだけチカラを振り絞ってみる。その上で何かが達成できれば、大きな喜びとなるのですね。「できなかった自分」「やらなかった自分」というのは往々にして「自分イジメ」の材料になってしまいます。その逆もまた然りで、たとえわずかでも進歩があれば、自分への大きな自信につながると思うのです。

「調子が出ないときの対処法」として、他にも私はいくつか心がけています。たとえば、どうしても勉強に集中できないときは、あえて「勉強している人が大勢いる場所」を探して出かけます。最近のカフェはお一人様が多く、皆、仕事や勉強をしています。おいしいコーヒーに適度な雑音、そして集中して取り組む人たちがいると、私も必然的に目の前のことに焦点をあてやすくなります。図書館も同様の空間です。自宅で今一つはかどらないときは、こうした場所のお世話になっています。

なお、そのような場所へわざわざ出かけるときは、必要最低限のモノだけを持参します。読むべき資料、書くべき原稿のみ、という具合です。私はいまだにモバイルPCもスマートフォンも持っていませんが、取り立てて不自由せず現在にいたっています。出先で調べたいことがあれば、メモをして帰宅後にリサーチするという方法で何とかなっているのです。むしろ、せっかく集中できる空間まで出かけるわけですので、「到着したらとにかくやるしかない状態」を生み出すためにも、持ち物は極限まで減らし、自分を追い込むようにしています。

要は「大変」「面倒」というときほど、そうした思いに圧倒されずにすむ「仕組み」を自分なりに考えておくことだと思うのですね。私の場合、そうした状況のときほど、あれこれ迷わずとにかく取り組むという「即時性」、そして集中力を発揮できるような「空間」、取り組んだこと自体を自分なりに喜べる(?)「自己評価」の3つを大切にしたいと考えています。


(2017年7月10日)

【今週の一冊】
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「暗渠マニアック!」 吉村生・高山英男著、柏書房、2015年

幼少期に生まれ育った横浜の家は、畑や林に囲まれた場所にありました。港や山手地区からずいぶん離れた場所です。「横浜」と言っても大きな街なのですよね。のんびりとした自然豊かな所で過ごせたのは幸せだったと思います。

当時の私の遊び場は、近所の友達と出かける空き地や林の中。近くには農業用の水路もありました。おそらく幅は1メートルぐらい。土手と土手の間にはコンクリートのポールのようなものが一定間隔に置かれていました。小さい子どもたちはそこを行ったり来たりして遊んでいましたね。もっとも、足を滑らせて下の水路に落ちたこともありますが、水深も浅く、高さも大してありませんでしたので、「わあ、濡れちゃった~」と大騒ぎしておしまい。当時は親ものんびりしていましたので、3歳ぐらいの子どもたちだけで出かけるなど当然という時代でした。

そのような水路で遊んだ温かい思い出があるからなのか、私はいまだに川や水路、暗渠(あんきょ)などに惹かれます。今回ご紹介するのは、暗渠に関する一冊です。

暗渠というのは、水路の上にふたをかけたもので、外からは水路であることがわからない状態になっています。たとえば我が家の近くには桜並木で有名なエリアがあるのですが、その並木の下は歩行者専用の道になっています。しかも両側は車一台分が通れる道路になっており、それに挟まれるような形で桜並木が続くのです。歩道自体も車道より一段高くなっています。この歩道こそが実は暗渠だったのですね。地図にはあえて暗渠の表示はありませんが、こうした特徴を持つ場所が実はたくさんあるということが、この一冊からわかります。

本書は主に東京都内および近郊の暗渠を紹介しています。興味深いのは、お二人の著者が観光資源としての暗渠を提案していること。近年、日本はアニメや和食などソフト面を国外にPRしていますが、実はこうした意外な分野も十分観光地としての魅力になりうるのですね。暗渠を巡る歴史や地理的なこと、暗渠周辺の観光地などと合わせてみると、確かに暗渠そのものが次世代ツーリズムにおける貴重な収入源になるのかもしれません。


第313回 何がその人を突き動かすか

読書を通じてこれまで私は素晴らしい著作に触れることができました。「尊敬する人は?」と尋ねられれば、少なくとも3名の方のお名前を挙げられます。今でも折に触れてその方たちの書籍を読み返し、自分を励ますことがあります。

私が敬愛する3名は精神科医・神谷美恵子先生、福祉活動家・佐藤初女先生、そしてジャーナリストの千葉敦子さんです。いずれもすでに鬼籍に入られています。

このお三方に共通する点は、静かなる志を持ちながら生き抜いたということです。そしてもう一つは「自分のちからではどうにもならない状況に直面した壮絶な体験があること」が挙げられます。

神谷先生と初女先生は若いころ、結核を患ったことがあります。当時、結核は死の病と言われ、お二人とも自分がこの世からいなくなることを念頭に闘病されていたのでした。千葉敦子さんは若くして乳がんになり、ニューヨークに渡ってからも病と闘いながら英語でニュースを発信し続けました。

病気や死というものは、自分のちからでどうなるものでもありません。ある日突然やってくることさえあります。かつてのように大家族で暮らしていた時代であれば、曽祖父母や祖父母が順番にあの世へ旅立っていく様子を幼い子どもたちも間近に見ていました。いつかは順に巡って来るもの。そうした状況に身を置いていたのです。

しかし核家族化が進み、死や病は必ずしも間近にあるものとは言えなくなりました。突如、そうした境遇にさらされれば、人は戸惑い、悲しみ、「なぜ自分だけが?」と怒りを抱くかもしれません。

私は20代前半のとき、親しき友を事故で喪いました。あまりにも突然のことでした。そのことをどうしても受け入れたくなかった私は、あえてその事実を見つめず、気持ちをそらすことばかりに専念しました。何かに打ちこめば悲しみは薄まるのではないかという考えにしがみついたのです。その対象となったのが、英語であり、通訳の勉強でした。

気持ちを別の所に向けていれば、確かに崩れにくくはなるでしょう。けれども私の場合、ずいぶん後になってからその反動がやってきました。悲しむべき時に悲しむことの大切さを反省しました。

あれからずいぶん年月が経ちました。尊敬すべき著者や見習いたいと思える立派な方々に日常生活で巡り合うと、自分もささやかながら他者に対してお役に立てるような生き方をしたいと感じます。自分には与えられた役割がある。有名になるとか他者に評価されるとかいうこととは全く別に、自分が今果たすべき使命がある。そう思えてくるのです。

神谷先生も初女先生も千葉敦子さんも、ある意味では「喪失体験」を経て生き抜くという人生を歩まれました。それがご本人たちの生き方を突き動かしていたと言えます。

与えられている時間には限りがあります。だからこそ、努力を出し惜しんだり、評価ばかりを気にしたりせず、自分にできることは何かを常に考えていきたいと思います。それが自分に影響を与えて下さる方々への恩返しだと思うのです。

(2017年7月3日)

【今週の一冊】
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「こんなとき私はどうしてきたか」 中井久夫著、医学書院、2007年

先日、大学の授業で「闘病記」を取り上げました。難病にかかった方についての英文記事を読むというものです。その準備作業として、闘病記を1冊読むという課題を学生たちに出しました。私が読んだのはドクターから見た治療・闘病に関する本で、その中に紹介されていたのが中井久夫先生の記された本書でした。

中井先生の本はこれまでも何冊か読んだことがあります。いずれも穏やかなことばで書かれており、読み進めるにつけ、先生ご本人に語りかけられているような、そんな思いを抱きます。精神科医として患者さんたちに接する際にも、活字に出てくるような雰囲気の先生でいらっしゃるのだろうなあと思わせるものがあります。

本書は病院関係者を対象にした研修会の内容をまとめた一冊となっています。暴力をふるう患者さんとどう接するべきか、病院の内装はどのような色にすると良いか、家族の方に知ってほしいことは何か、といったことが綴られています。医学界以外の人でもヒントになる考え方がたくさんあります。

ところで私は自分の通訳アウトプットにおいて、「ハキハキと滑舌の良い話し方」「聞き取りやすいトーン」をこれまで目指してきました。授業では「元気のある声」が一番大事と信じていました。けれども先日、とある講演会を聞きに行った時のこと。登壇された方の話し方がとても穏やかで、それでいてユーモアがあり、誰もが真剣に耳を傾けるものだったのです。「エネルギッシュな声でひたすらしゃべれば注目してくれる」と信じて疑わなかった私にとって、これは大きな衝撃でした。

その体験をした数日後、この本に出会ったのです。しかも中井先生の記述の中には声に関するものがありました。「ふわりと相手の肩をつつむような声」が大切と出ています。これぞまさに過日、私が体験したものでした。

以来、私は通訳においても授業の場においても、声にテンションを込めることを控えるようになりました。どうなるかなと観察してみると、授業では今までと変わらず、学生たちは真剣に聞いてくれています。声を張り上げるだけが授業であってはならなかったのですね。今更ながら反省をしたのでした。

「声には"こころの弱音器"をつけてしゃべったほうがいい」と述べる中井先生。本書を機に、他の作品も読みたいと思っています。


第312回 上機嫌は伝染する

今年の関東地方は、梅雨とは言え雨が少ないようです。我が家近くのアジサイもドライフラワーと化しています。その一方、CNNの放送通訳で出てくる世界の気象情報を見てみると、アジアの一部の地域では洪水が発生。こうした気候のアンバランスも地球温暖化の一環なのでしょうか。気になるところです。

先日、出講先の大学へ行ったときのこと。その日は珍しく朝から雨模様でジメジメしていました。講師室で準備をしていると、ネイティブの先生が元気よく入って来るなり、こうおっしゃったのです。

"Good morning! Oh, what a lovely day! Dry and crisp. I wish it's like this every day!"

もちろん、外の景色はこの正反対。つまりこれも楽しいジョークなのですよね。けれどもこのセリフに私は思わず吹き出してしまい、その日は何だか楽しい気分で過ごせたのでした。

ジョークの持つ力、笑顔がもたらすエネルギーなど、実は私たちの身の回りには「自分を上機嫌にさせるヒント」が潜んでいます。つまり、上機嫌というのは、いったんそのモードになれば自分が幸せになるのはもちろんのこと、周囲をもハッピーにさせることができるのです。

けれどもその逆もしかりです。私たちはついつい社交辞令代わりに「ぼやき」を言うことが少なくありません。「んもう、雨ばかりで嫌になりますよねえ」とは梅雨時のセリフ。真夏になれば「毎日暑くてバテますよね、ホントに」という具合です。挨拶の一環と割り切ればそれで済むのかもしれませんが、もし複数で会話をしていると、これがどんどん拡大して誰もがぼやき状態になりかねません。

通訳業務に関しても同じことが言えます。たとえば私の場合、ずいぶん前のことですが、「資料は一切ありません」と言われていながら当日会場へ着くや、電話帳数冊分の資料がデーンと卓上にあるのを目にして絶句したことがあります。そのような時など、どう自分のメンタルをコントロールするかによって、その後の気分も変わります。

当時の私はデビューしたばかりでしたので、心の中では「えぇ?聞いてないよ~。そもそも資料は無いって言っていたじゃない~~~(涙)」という心境でした。けれども幸いペアでご一緒した先輩通訳の方がその場でササッと分担ページを決めて下さったのです。グチひとつ言わず、淡々と割り振り、「じゃ、お互いこの分量でそれぞれ準備しましょう」とおっしゃったのですね。この一連の動きに要したのはわずか数分。私はその先輩のお陰で気分をネガティブにすることなく、置かれた状況と時間を最大限使い、準備に集中できたのです。

そう考えると、日常生活でも「事実を事実ととらえ、最大限の解決策を必死に考えること」が上機嫌につながるとも思えます。目の前の状況は起きたことである以上、過去にさかのぼって変えることはできません。そうであるからこそ、事実をありのまま受け入れ、そこから何が最善策として講じられるかを考えた方が生産的なのですよね。

不機嫌というのは逆に大きなエネルギーを持って伝染し、自分の心をも暗くしてしまいます。自分で自分の中に増幅拡大するばかりか、それが身近な他者へも「感染」してその場の空気がますます悪くなります。大切な家族と過ごす家庭の場において、あるいは、生徒たちの意欲を引き出したい教室の場において、いかに上機嫌の空気を生み出しながら良い方向に動かしていくか。リーダーはそれを常に考えなければいけないのでしょう。

ちなみに私は先日、掃除機を新調しました。それまではコンセント式のものを使っていたのですが、何度も差し込んだり、掃除機本体がコロンと転んで壁を傷つけてしまったりということが内心「不機嫌」の種になっていました。そこで思い切ってコードレスを買ったところ、実に快適!使うのが楽しくなり、頻繁に掃除をするようになりました。自分の意思で上機嫌を生み出すのが難しい場合、頑張らずに済む「上機嫌用グッズ」をそろえるのも一案だと思ったのでした。

(2017年6月26日)

【今週の一冊】
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「広告絵はがき―明治・大正・昭和の流行をみる」 林宏樹編集、里文出版、2004年

デジタルグッズの普及により、人々のコミュニケーションもずいぶん変わってきました。かつてあった郵便ポストがいつの間にか撤去されていたり、集配時間が大幅に減ったりという具合に、手紙そのものを書く文化が今やメールにとって代わられています。いえ、メールよりも手軽なLINEがもはや世代によっては主流になっているのですよね。さらに簡単・迅速なツールも登場しつつあると聞きます。

私は今でも手書きという行為自体が好きであるため、出来る限りはがきや手紙を出すようにしています。旅先に出かけるとまず探すのがご当地絵はがきなのですが、あいにく時代柄、そもそも販売していないという状況が増えてきました。地方のターミナル駅や空港の土産店でも同様です。

だからなのかもしれません。今回ご紹介するような絵はがき本にはとても惹かれます。本書は広告のために作成された絵はがきがメインなのですが、明治から昭和に至るまでのデザインを見てみると、物事の描き方にも流行があることがわかります。個人的にはレトロデザインが大好きなので、本書はどのページを見ても魅力的な絵ばかり。立派な美術作品と言えます。

今はなきカルピスの古い図案、着物柄の女性、時代を感じさせる乗り物など、眺めているだけで日本が歩んでいた人々の生活を感じ取ることができる、そんな一冊です。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。