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放送通訳者直伝!

第331回 好きなことを堂々と行う勇気

先日インターネットのニュースを見ていたところ、Wall Street Journalのアジア版(紙版)が廃止になり、デジタルに移行したとありました。新聞業界は今、購読者数の減少に見舞われており、廃刊になったりデジタルだけになったりと方針を変えざるを得ない状況です。

私は全体が俯瞰できる便利さから、家では今も紙版の新聞を購読しています。日本経済新聞です。一説によれば紙版の朝刊1部は新書1冊に相当する情報量だそうです。毎日一字一句を読まないまでも、新聞をめくるだけで色々な情報に接することができるのが紙新聞の良さだと思います。

もう一つ、紙新聞の長所は「思いがけない情報に遭遇できること」です。先日もそうした嬉しい出会いがありました。

普段私は自宅でテレビをあまり見ないのですが、イギリスが出てくるドキュメンタリーは別です。最近はBSの旅番組をよく見ています。その日もBSの番組表を日経でチェックしていました。

ふと見ると、DLifeというチャンネルが目にとまりました。このチャンネルはディズニー系の局で、数年前、私はこの局で放送されていたBloomberg Newsの同時通訳に携わったことがあります。私にとってはなじみのある局なのですが、Bloomberg契約が終了したことから、あまり見なくなっていました。

日経に出ていたDLifeの番組表には「ジェイミー・オリヴァー」とあります。イギリスのセレブリティ・シェフJamie Oliverのことです。私は吹き替えではなく原語で視聴したいのですが、この番組は英語でも見ることができました。

Jamieはイギリスの学校給食に革命を起こしたことや斬新な料理法などで知られる大人気のシェフです。話し方もざっくばらんでイギリスの口語表現もたくさん出てきます。肩肘張らないアプローチが特徴です。

今回私が見たのは60分のドキュメンタリーだったのですが、体に良い食材を求めてジェイミーが世界を旅するという内容でした。その日は日本の沖縄も出てきました。地元のご長寿のお宅にお邪魔して手料理をおいしそうに食べるシーンが印象的でした。

番組ではジェイミーが考案したレシピも紹介されました。取材先でヒントを得たジェイミーの料理は決して複雑でなく、自分でも作りたいと思えるような内容です。見ていて何よりも楽しいのは、豪快な作り方そのものです。日本のようにきっちり計量することなく、量も極めてアバウト。調理方法も大胆でした。

私は実はあまり料理が得意ではありません。くたびれて帰宅した日など「外食したいなあ」と思うほどです。けれどもジェイミーを見ていると、とにかく料理が大好きという情熱が伝わってきます。料理というのは堅苦しく考えなくても良いのだというアプローチが私にとっては新鮮でした。

ジェイミーは子どもの頃、学習障害に悩まされていたそうです。けれども自分の好きな料理の道に進み、今やその分野では第一人者です。周りの目を気にしたり、小さくまとまったりしていたら、おそらくその才能は開花されなかったでしょう。

好きなことを堂々と行う勇気。

そのような人生を歩みたいと思います。


(2017年11月20日)

【今週の一冊】
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「イギリスの家庭料理」 砂古玉緒著、世界文化社、2015年

先月出かけたイギリスで、「必ず食べよう!」と思っていたものがあります。スコーン、サンドイッチ、フィッシュ&チップス、キャロットケーキ、カスタードソースがたっぷり載ったスポンジケーキです。いずれも子どもの頃に食べたり大学院時代に寮の食堂で味わったりしたものです。私にとってはノスタルジア料理です。今回泊まったのは大学院時代に過ごした寮(ゲストステイ扱い)でしたので、到着日の夕食には早速フィッシュ&チップスを食べられました。ちょうど金曜日だったのが良かったのでしょうね。その寮は毎週金曜日に必ず魚が提供されるのです。

イギリス料理はおいしくないとかつて言われていましたが、それも随分前のこと。グローバル化の恩恵もあったのでしょう。シェフたちが大いに工夫をしてイギリス料理も洗練されたものに今やなりました。先ほどご紹介したジェイミー・オリヴァーを始め、著名なシェフたちが大活躍しています。

オシャレなModern Britishにも私はもちろん惹かれます。けれどもむしろ1970年代80年代の、かつて「マズイ」と言われていた時代の料理の方が嬉しくなります。パサパサのケーキに金色のカスタードクリームをた~~~っぷりかけて甘くして頂くのもイギリスならでは。日本のティールームで提供される2倍サイズのスコーンも捨てがたいものです。下味がさほど付いていない魚や肉料理にグレイビーソースや塩コショウを振りかけるのも、私にとっては「懐かしいお作法」です。

今回ご紹介する一冊は、イギリスに長年滞在した著者の砂古さんが手がけるイギリスの家庭料理です。前菜からメイン、デザートや保存食に至るまで多様なレシピが並びます。今の時代、インターネット上のレシピサイトが人気ですが、やはりこうして書籍に美しくレイアウトされたものも良いですよね。実際に作るも良し、写真集として眺めるも良しという一冊です。

ところでイギリスの書店にもレシピ本がたくさん並びますが、日本と比べると大型本で豪華旅行写真集のような装丁です。こうした本はcoffee-table bookと言われます。これを見て作るという以上に、リビングのインテリアの一環として飾るのですね。


第330回 思考停止 言訳無用

まるで漢文調のタイトルとなりました。今回は私の失敗談です。

先日のこと。日米首脳会談後の共同記者会見通訳を某テレビ局で担当する機会がありました。予習段階では当日出てきそうな話題を調べ上げ、用語は何度も口に出すことでスムーズな訳出になるよう練習しました。自分としては万全を期したつもりだったのです。当日は少し早めに現地入り。案内されたブースに着席し、マイクチェックが終わればあとは実際の記者会見を待つのみです。緊張感は高まっていましたが、なんとしても視聴者に聞き易い訳出をしようと思い、待機しました。

会見で最初に発言したのは安倍総理でした。ただ、予想以上に音が聞きづらく思えました。映像はきちんと届いていたにも関わらず、です。普段私は英語音声の音量を大きめにしており、それを左耳から聞いています。右耳のヘッドホンはあえてずらし、自分の日本語を右耳から入れるようにするのです。そうすることで、日本語訳の「てにをは」が整合性をとれるよう意識しています。

数分後、アメリカ大統領の発言になりました。いよいよ通訳スタートですが、やはり音量は変わりません。内心「うーん、困った。聞き取れないわけではないけれど、日頃慣れている音量ではない。どうしよう」と思いました。それでも与えられた環境でベストを尽くすしかありません。聞き取れないとしても、文脈や映像上のボディーランゲージなどで判断しながら訳を付けるのみです。ボリュームつまみを上げても改善されず、普段以上に緊張しながらの訳出となりました。

5分経過後、パートナー通訳者と交代しました。隣には音声技術の方がいらしたのですが、私が通訳し辛そうにしていたのを見て下さっており、機材のボタンを調整し、音量を上げて下さいました。その時点で少しは音も大きくなりました。けれども、まだまだ私にとっては物足りません。そこで手元のボリュームボタンをさらにひねると、今度は音が割れる状況に。そうこうしているうちに、また自分の担当時間です。「とにもかくにも、今、目の前に集中して最大限の力を出すのみ」と言い聞かせて何とか会見は終わりました。

終了後、技術の方が「もしかしたら」とのことでヘッドホンを隣のものと交換しておられました。その時点で私はハッと気付いたのです。そう、隣の席には予備のヘッドホンがあったのでした。本番中の私はそれがまったく目に入らず、「聞こえない!でもベストを尽くそう!」と思い込んでいたのでした。完全な「思考停止状態」です。

我に返った私は非常にその日のパフォーマンスを悔やみました。なぜ冷静に隣の机に目を向けて予備のヘッドホンと素早く交換しなかったのか、と。取り換えることより「何とかして聞き取らねば」という強迫観念に押されて、落ち着いて行動することを忘れてしまったのです。

けれども過ぎてしまったことは仕方ありません。プロとして報酬を頂く以上、大変な環境下でも最善を尽くすというのは、どの仕事にも言えます。「音量がイマイチだったからうまくできなかった」というのは言い訳になりません。

デビュー直後の私であれば、しばらく立ち直れない打撃だったでしょう。けれども長年この仕事をしていると、落ち込んだだけでは一歩も進めないことを実感しています。あとは失敗から教訓を編み出し、次につなげるのみです。私は帰路の車内で「なぜそうなったか?」「次回、同じ状況に陥ったらどう行動するか?」をひたすらノートに書き出し、家に向かったのでした。

(2017年11月13日)

【今週の一冊】
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「イギリスの水辺都市再生 ウォーターフロントの環境デザイン」 樋口正一郎著、鹿島出版会、2010年

先日、所用でイギリスへ出かけました。幼少期と大学院、そしてBBC時代にロンドンで暮らした私にとって、イギリスは第二の故郷です。美しい街並み、自動音声がほとんどない静かな環境を十分満喫できました。

飛行機がヒースローに到着したのは午後の早い時間帯で、テムズ川河口から西へと着陸態勢に入る機内からロンドンの街並みが見えました。ロンドン東部はかつて雑然としたところでしたが、オリンピックのお陰で今はモダンな地域になり、活気があります。そうした様子が近代的な建物などから醸し出されていました。特に高層ビルが増えていたのが印象的でしたね。

今回ご紹介する一冊はロンドンやマンチェスター、リーズやカーディフなどの水辺都市を取り上げたものです。古いものを残しながらいかにして新しい要素を取り込んだかがわかります。私は学部時代に都市社会学を専攻していたため、都市計画に興味があります。そうした視点からも十分楽しめる一冊です。

どの場所も個性があり素敵なのですが、中でも注目したのはロンドン東部ドックランズ地区にあるイーストロンドン大学のキャンパスでした。東西に大きく伸びるロイヤル・アルバート・ドックの北側に位置します。大学施設と学生寮が同じ敷地内にあり、ナーサリーも完備しています。完成は2000年で、オランダに見られるような近代的な建物が並びます。私の手元にある1998年の地図では倉庫になっていました。

普通の観光ガイドブックを眺めるのも好きなのですが、「ウォーターフロント」「建築」「都市計画」といったキーワードで旅をするのも楽しいでしょうね。



第329回 価値観の違い

通訳の仕事をしていると、様々な価値観や文化に触れる機会を得ます。日本は真冬なのに薄着でも平然としている海外からのビジネスパーソンもいれば、ノーメイクでもOKという方もおられました。来日前に日本のエチケットを予習してはいたものの、ついつい片手で名刺交換をなさっていた方もいらっしゃいましたね。こうした状況を見るたびに、世界にはたくさんの考え方や重きの置き方があり、「郷に入っては郷に従え」とは言え、細かいことに目くじらを立てるより色々と受け入れる方が良いなあと感じます。

今まで多くの方と接してきましたが、中でも強烈だったエピソードがあります。それは海外の方の商談通訳で、関西へ新幹線で向かっていた時のことでした。

季節は梅雨。東海道新幹線が新横浜を過ぎて静岡県に入ったころでした。あたりは田んぼが広がり、青々とした光景が富士山と共に見えてきたのです。

来日していたのは司法関係の方でした。一面の田んぼを見るや、「サナエ、あの田んぼの周りになぜ柵は無いのか?」と尋ねてきたのです。

「田んぼの周辺にフェンス」という発想自体、私にとって初めてのことでしたので、一瞬答えに戸惑いました。するとその方は続けて「子どもは数十センチの水深でもおぼれて死んでしまう。裁判になったらどうするのか?」とおっしゃったのです。なるほど、訴訟が多い国ならではの考え方だったのですね。

とは言え、私は内心考え込んでしまいました。少なくとも私がそれまで生きてきた間、「田んぼにおぼれて幼児死亡」などという新聞記事を見たことがなかったからです。そこで私は苦し紛れに「日本では赤ちゃんの頃から田んぼが身近にある。親もよくよく言い聞かせている」と答えるのがやっとでした。

その方は私の答えに今一つ納得できないような様子でしたが、少なくとも日本では田んぼの周りに柵は設置しないこと、親子にとってもその状態が当たり前であるという点は理解なさったようです。

こうした異文化間の違いは色々な場面で見られます。たとえば私の場合、小学校時代を英国で過ごしましたが、鼻をすすっただけで友達から「気持ち悪いからちゃんとかんで」とたしなめられたことがありました。その一方、正式な場面で女子全員が胡坐をかくという行為は日本で考えられませんでしたので、面食らったこともあります。ロンドンの大学院時代には、階段教室が満席で階段の部分に直にドカッと座る学生を見て驚いたこともありました。かと思うと、授業中に居眠りをする学生は一人もいませんでしたので、日本との違いを大いに感じました。

このような体験から、「価値観」というのは文化によるものであり、ひいては一人一人の人生哲学によっても異なるのだと思うようになりました。日本にいると、ついつい「同調圧力」を感じてしまい、「自分がこういう言動をとると迷惑なのではないか」「こんな恰好をしたら恥ずかしいのでは」と思い、基準が「自分」ではなく、「他者から見た自分」になってしまいます。もちろん、調和を重んじる上ではそれも大切でしょう。けれどもそうした他者からの目「だけ」に縛られてしまうと自分が窮屈になってしまいます。

価値観の違いを受け入れつつも、自分の思いは大切にして、自分の行動には自分自身が責任を持つこと。

そうした「静かな強さ」も必要だと感じています。


(2017年11月6日)

【今週の一冊】
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「倫敦から来た近代スポーツの伝道師 お雇い外国人F.W.ストレンジの活躍」 高橋孝蔵著、小学館101新書、2012年

数週間前、東京国際フォーラムで大正時代のスポーツに関する映画を観ました。記録映画で音声はなく、専門の先生の解説と共にピアノ伴奏が即興で付くというイベントでした。古い映画を観てみると、当時の生活様式、とりわけ今とは大幅に異なるスポーツウェアが興味深かったですね。

その映画がきっかけとなり、日本の近代スポーツの歴史に関心を抱くようになりました。そこでご紹介するのが本書です。F.W.ストレンジはイギリス出身。開国直後の日本にお雇い外国人として来日しました。テニスやボート、サッカーなど、今でこそ普及しているスポーツも、かつての日本では知られていませんでした。そうした競技を伝えたのがストレンジです。

ストレンジが日本にやってきたのも、ある意味では偶然と言えます。当時、日本政府は外国に留学生を派遣していました。現在のロンドン大学ユニバーシティ・カレッジに留学した日本人学生とストレンジが偶然出会ったことから、ストレンジは日本に興味を抱くようになりました

本書には日本におけるストレンジの活躍が生い立ちからその死に至るまで記されています。惜しくもストレンジは齢34歳の時に心臓発作で亡くなり、青山霊園に埋葬されています。

日本の近代化には数多くの外国人が貢献しました。その一人がストレンジです。2020年のオリンピックに向けて、日本のスポーツ史を知ることのできる一冊です。



第328回 気配を察する

数年前、何かで読んだエッセイに興味深いことが書かれていました。電車内での座り方、具体的には「パーソナルスペース」に関する話題です。

その執筆者は電車で座っていた際、見知らぬ人と隣同士並んで座っていました。次の駅に着くと、その方のさらに向こうの席、具体的にはドア隣の端の席が空いたそうです。ところがお隣の方は、特に移動もせず、端の席は空いたままだったとのこと。「せっかく端の席が空いたのだから移動するのかと思いきや、ずっと自分の隣にくっついたままその人は座っていた。昔であればそういう時、あえてスペースを保つために移動する人が結構いたのに」とそのエッセイには綴られていました。

実は同様の経験を私も何度かしています。私自身、人混みが苦手であることから、余計パーソナルスペースには敏感なのかもしれません。今でも乗車中、端の席が空くとすぐ移動してしまいます。端の席であれば寄りかかれますし、両側から挟まれて窮屈な思いをせずにすみます。荷物が多いときなど、なおさら端の席はありがたいと思うのですね。たとえ空いた席が端でなかったとしても、空いている車内であれば、なるべく人とくっつかずに座りたいと思います。

一方、「席を移動しない理由」はもちろん人それぞれでしょう。パーソナルスペースにこだわらない方もいらっしゃるでしょうし、端の席も真ん中の席も、座れたのだから特に気にしないという乗客もいるはずです。

けれども、私が子どもの頃はそのような時、もっと席を移す人が多かったように思うのです。ではなぜ今は異なるのでしょうか?考えられる理由の一つとして、私はデジタル機器の普及を挙げたいと思います。

今は誰もがスマートフォンを持ち歩く時代で、いつでもどこでもメールを確認したり調べ物をネットでおこなったりできます。車内が「移動型オフィス」となり、そこで集中して作業ができるのですよね。忙しい今の時代において、そうした便利な機器はありがたいと言えるでしょう。

けれども集中してしまうがゆえに、周りが見えなくなるということもありえます。画面に見入ってしまい、隣の席が空いても「まったく気づかなかった」となりうるのです。言い換えると、「気配」への敏感さが減った状態です。

私は大学卒業後、会社員生活や留学を経て通訳者となりました。フリーランスで働いていますので、一回一回の仕事が真剣勝負です。体調管理も仕事のうち、失敗しないのが大前提ですので、それなりのプレッシャーはあります。どれほど予習して行っても、訳語が思い浮かばず苦戦したり、想定外で失敗をしたりということも少なくありません。謙虚に反省しつつ、必要以上に後悔を引きずらないことも、この仕事を続けていく上では必須です。

そのような職場環境下にありますので、「気配を察すること」は大切だと思うようになっています。ガイド通訳時代には、「時差が出てお疲れではないだろうか?」「そろそろお手洗い休憩をはさむべきか?」などと考えました。一方、ビジネス通訳をメインにしていた頃は、「今日の会議時間は30分。限られた時間なのでテンポよく通訳しよう」「移動中のタクシーでお客様に訪問先企業の最新情報をお伝えしよう」などを思いつきました。放送通訳に従事するようになってからは、「FBIやCIAなどの略語もわかりやすく正式名称で言おう」「国家元首のスピーチなので、アウトプットを意識しよう」などを意識しています。「相手が望むこと」「状況において自分に要求されること」を「気配」としてとらえ、それに応じて対応することが大切だと思うのです。

「気配を察知する能力」は一朝一夕でできるものではありません。私は学生時代、サークルのメンバーとスキー旅行に出かけたのですが、その時に忘れられない体験をしました。先輩のお茶碗にご飯をよそってお渡ししたときのこと。「あのねぇ、もう少し思いやりのあるよそい方をしてよ」と冗談交じりに注意されたのです。確かにお茶碗をのぞくと、しゃもじで無造作によそったご飯がありました。まったくおいしそうではなかったのです。「こういう風に盛り付けたらおいしそうになるだろうな」という思いやりが欠如していたのでした。

以来、相手の立場に立ち、自分はどう振る舞うべきかを心掛けるようになりました。けれども今なお試行錯誤の連続です。「気配を察すること」の習慣化は、日常生活でも通訳の現場でも大切だとしみじみ感じます。


(2017年10月23日)

【今週の一冊】
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「音楽と病―病歴にみる大作曲家の姿」 ジョン・オシエー著、菅野弘久訳、法政大学出版局、2010年

数週間前のこのコラムでラフマニノフの本を紹介しました。以来、私の音楽熱は続いており、ラフマニノフのノイローゼをキーワードに色々と調べてみました。そしてたどり着いたのが、今回取り上げる「音楽と病」です。

本書の著者は医学史が専門のジョン・オシエー氏。メルボルンのモナッシュ大学で医学を専攻した後、医学史を始め作曲家と病などに関して執筆を続けています。バッハやヘンデル、ベートーベンにモーツァルトなど、著名な作曲家がどのような病気にかかり、亡くなったかが一冊でわかる構成です。

巻末には詳しい索引があるため、本書を入手するや私が真っ先に調べたのはやはりラフマニノフでした。読むと、ラフマニノフは鬱病に苦しんだだけでなく、最期は皮膚がんが原因で亡くなっています。

一方、ラフマニノフは生前、手が大きいことで知られていました。ピアノのオクターブを優に超えることができ、普通の体格の人では演奏できないような作品も残されています。実はこの手の大きさも「マルファン症候群」(膠原病の一種)だったと本書では説明しています。難解な作品が残された理由も実はこうしたところにあったのでしょう。

私が敬愛する精神科医・神谷美恵子先生は作家のバージニア・ウルフを精神医学的観点から分析し、書籍を記しています。本書は芸術家を医学の側面からとらえることができます。音楽作品への理解が一層深まると感じらました。



第327回 やりたくないことから

数年前、とあるセミナーに参加しました。時間管理術に関するものです。私は昔から手帳や時間術に興味があります。一日に渡る講習は、私にとって大いに刺激的な内容でした。

中でも興味深かったのは、すべてのタスクを緊急度と重要度に分けるという点でした。具体的には「緊急」「緊急でない」「重要」「重要でない」とチャート化します。そうすると「緊急かつ重要」「緊急でないが重要」「緊急だが重要でない」「緊急でも重要でもない」と4分割されるのですね。物事をこの4つに当てはめ優先順位をつけ、「自分は今、何をすべきか考える」というのがこのセミナーの趣旨でした。

以来、私もこの理念を念頭に日々どのように過ごすべきかを考えながら暮らしています。本来であれば、「緊急でないが重要」という部分、すなわち勉強や読書など将来の自己投資こそ大事になるはずです。けれども私の場合、つい「取り掛かりやすく楽なものから」という思いが浮上してしまいます。すなわち「緊急だが重要ではないこと」を「今すぐやらなくちゃ!」と錯覚してしまい、それらをせっせとおこなってしまうのです。取り組みやすいがゆえに、そして「緊急度が高い」という部分があるがゆえに、完了後の達成感も一見高くなります。そして結局、本来やるべきことが二の次になってしまうのです。

ではどうすべきでしょうか?

試行錯誤を経た末、最近私は次のように考えています。

「緊急かつ重要かつ一番ニガテなことを最初におこなう」

自分にとって最も不得手なこと、一番やりたくないことを他の何よりも優先順位が高いと言い聞かせて取り組もうと考えるのです。

以前の私は「緊急かつ重要かつ得意なこと」を始めにおこなうことでリズムと勢いをつけ、その後に苦手なことをしていました。タタッとできることをやればどんどんはかどりますし、達成項目も増えます。そうすればじっくりと腰を落ち着けて難しいタスクにも取り組めると思っていたのです。

けれども私の場合、これではうまくいかないと思うようになりました。と言いますのも、どれだけ得意なことをさっさとしていても、頭のどこかで「ああ、これが終わったらあのニガテなことをやらなければ」という負の意識が常にあったのですね。そして次第に「この得意作業が終わったら、次はあの大変なタスクかぁ。うーん・・・」と気分もどんよりしてきます。

そしていよいよ苦手項目を残すだけとなった段階で、「あ、やっぱりあれもやらなきゃ!」と別のことを思い立ち、「緊急だが重要でない項目」をやってしまうのです。苦手なことに取り組まない自己正当化にほかなりません。

自分の習慣を変えるのは簡単ではないでしょう。何歳になっても、これは日々の訓練あるのみです。だからこそ「一番嫌なこと」にまずは取り組めば、「これが終わると、あの得意項目に取り掛かれる!」とむしろ思えるようになります。好きなことを次のご褒美にとっておき、何はともあれ不得手項目に着手すべきだと思っているのです。

まだまだ実践途中です。自己トレーニングは続きます。

(2017年10月16日)

【今週の一冊】
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「廃墟遺産 ARCHIFLOP」アレッサンドロ・ビアモンティ著、高沢亜砂代訳、エクスナレッジ、2017年

どうも世の中には「廃墟」が好きな人と嫌いな人がいるようです。私の周りにも「え?廃墟?不気味だからノーサンキュー」「廃線跡や古いトンネルは勘弁」という人がいます。私は廃墟や古いものに興味があり、そうした写真集やインターネットのページなどをよく眺めます。実際に現地を訪れて見学するのが安全上難しい分、余計関心が高まるのかもしれません。

今回ご紹介するのは、世界中の廃墟を厳選して集めた一冊です。表紙を飾るのはガリバー。こちらは山梨県にあった「富士ガリバー王国」です。巨大なガリバーが横たわったまま今は閉園し、廃墟と化しています。このテーマパークはかつての上九一色村に造られ、オウム事件もあったことから来園者数が伸びず、2001年に閉園しました。

他にも幻の地下鉄駅(ベルギー)や、イギリスの東側沖合いにできた自称「国家」のシーランド公国、建築途中で中断したニュータウンなど、様々な場所が写真つきで紹介されています。不気味と言えば不気味なのですが、軍艦島のようにかつて人々の生活が営まれていた場所などが廃墟となった様子を見ると、複雑な思いに駆られます。生活道具を残したまま住み慣れた場所を離れるにあたり、当事者はどのような気持ちだったのだろうと思うからです。

そう考えると、今、戦争下にある人たちは、まさにそれを体験していることになります。鑑賞対象として「廃墟」に魅せられる一方で、家も財産も失い、命からがら逃げる人が今この瞬間、世界のどこかにはいます。そのことを忘れてはならないと感じます。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。