HOME > 中国語・多言語 > 多言語通訳者・翻訳者インタビュー

多言語通訳者・翻訳者インタビュー ここでは英語・中国語以外の言語でご活躍されている通訳者・翻訳者のインタビューを取りあげました。

Vol.27 ベナッシ 友子さん「環境とチャンスは自分で作るもの」

【プロフィール】
ベナッシ 友子さん Yuko Benassi
 共立女子大学家政学部被服学科卒業。ISTITUTO CARLO SECOLIミラノ校にて服飾技術を勉強し、卒業後帰国。イタリア服飾メーカーにてインハウス通訳・翻訳経験を積む。ご結婚されドイツに移住され、現在もフリーランス通訳者として国内外にてご活躍中。

Q.語学との出会いはいつですか?
私は昔からアメリカのドラマが好きで、父の影響で洋画もよく見ていました。また父の友人で航海士の方がいて、その方からアメリカナイズされたお土産を頂いたりした事もあり、生まれも育ちも日本ですが幼い頃から常にアメリカ/外国への憧れがありました。英語を習い始めた中学校の頃から英会話学校に通わせてもらったり、スピーチコンテストに出場したり。またコンテストで賞をもらった時にはますます力が入って(笑)その頃から英語が大好きでした。
そのまま勢いで高校も英語科に入りました。
pro-3-100511.jpg

Q.ではイタリアとの出会いはいつですか? 
 うちは実家が昔から服飾業を営んでいまして、自然と私も服飾の道にいくものだと思っていました。それで大学からは服飾の道に進みました。ただ、やっぱり英語の勉強もしたかったので、当時からその業界では有名だったイギリスの服飾学校に行きたいな〜と考えるようになりました。そのためにはまず、一旦社会経験を積もうと思い卸売会社に入社しました。その会社で初めてイタリアに出会いました。ネクタイなど、イタリアの生地を扱っていて、バイヤーの方がアシスタントとしてよく展示会に連れて行ってくれたんです。その頃からイタリアの服飾文化などに興味を持ち始めました。

丁度同時期に友達がイタリア語を習い始めるからと誘われ、一緒に語学学校の説明会にいき、あくまで趣味としてイタリア語を習い始めました。その学校でイタリア人の方からファッションに興味があるなら、イタリアにも良い服飾学校があると教えてくれたんです。イタリアには大好きなデザーナーの方々がたくさんいましたし、自分の興味と条件がうまく重なり、イギリスではなくイタリアの学校に行く事にしました。

 3年半くらいイタリアで暮らしまして、最後の方は仕事をしながら学校に通っていました。あくまで自分の生活の主は大好きなデザイン・服飾でしたが、イタリア語を使いながらの生活をして行きたいとは考えていました。

Q なぜ通訳者を目指されたんですか?
実は初めて通訳経験をしたのがイタリアにいた時で、私の通っていた学校の日本の姉妹校から先生方が一カ月に及ぶ講義を受講する研修に来られた際、校長先生に講義通訳を頼まれたんです。私は実際に学校で服飾の勉強をしていたので専門用語にも慣れていて、どうにか通訳ができましたが、ただイタリア語を話すのとは違い、こんなに疲れるものなんだ〜と思いました。凄く頭も使うし、外国語もさることながら、高度な日本語力が問われる仕事なんだと実感しました。ただ、視察に来た講師の方々も凄く暖かく迎えてくれて、とても楽しくいい経験になりました。それがきっかけで通訳者を目指し始めたんです。
帰国後、すぐに(財)日伊協会の通訳コースを受験し通い始め、経験を積むためにインハウス通訳・翻訳者として仕事を始めました。幸いにも大好きな服飾分野の会社でしたので、そのなかでFAX・メール・電話でのやり取りなど本格的にイタリア語を使い、また勉強してきた専門用語なども大いに活かせて、すごく充実した経験を積むことができました。
pro-2-100511.jpg

Q.通訳の魅力はなんですか?
普通の仕事ではなかなか見ることのできない世界を見る事ができるのが魅力ですね。大好きなブランドの工業視察に行って、職人さんが作業している場面を見せていただいたり、通訳をしてなかったら出会えなかった人たちに出会えるのもまた、大きな魅力です。
ただ、当たり前の事ですが、イタリア人と日本人では言語だけでなくメンタリティーも全く違うので、そこをくみ取った上で言葉を訳さないといけません。また、自分の得意な服飾業界だけ!と絞るわけにはいかないので、案件ごとに事前資料や情報をもらい、それを基に幅広く勉強しるのは大変ですけど(笑)。同じ仕事は二度とないので、常に勉強してそれが一つづつ蓄積され自分の力になっていくのでとても遣り甲斐のある仕事です。

Q.今でも記憶に残る失敗談はありますか?
大きな失敗はお陰様でありませんが、小さい失敗はしょっちゅうですね。
一度、ミラノで研修の通訳をした際、スピーカーの方々の資料は事前に頂き幅広く勉強していたので問題なく(我ながら上手くいったな)なんて思っていたんですが(笑)、一名スピーカーが遅刻して急遽マーケティングの方が講演されることとなったんです。原稿もないし打合せの時間もなかったので本当にひ汗をかきながらの通訳でした。終わった後は、もっとかみ砕いた言い方があったな〜とか、もっと違う言い回しがあったな〜と夢に見るくらい後悔しましたね。自分的に納得のいかない、クオリティーの低い通訳になったので今でも思い出すと悔しいですね。いつどんな状況になっても対応できるように、もっと幅広く勉強する必要があると、つくづく実感しました。
pro-5-100511.jpg

Q.ご趣味は何ですか?
昔から何かを作る事が好きで、今は趣味でバック作りの勉強をしています。ミシンを買ってバックを作ってはプレゼントしたり、コンテストに出したりしています。家族や知り合いなど、手作りのバックをプレゼントするととても喜ばれるんです。ただ、ハンマーを使ったり、ミシンを使うので、ドイツの家で作っていると騒音で近所迷惑になり、いつクレームが出るか分からないのでハラハラしながら作業をしていますが・・(笑)。

Q.将来の目標は何ですか?
今ドイツに住んでいる事もあり、ドイツ国内での伊⇔日通訳の需要は少ないんです。日本国内でのお仕事のご依頼があっても帰国日と合わず、お断りせざるを得ない状況なので、お受け出来るお仕事が限られてしまいます。そのため、機会の幅を広げる為に、今後はイタリア語翻訳も視野に入れて行こうと考えています。また最近は、イタリア語だけでなく伊⇔英通訳を求められることも多くなったので、毎日通信講座で英語通訳の勉強をしています。来月からは隣国のルクセンブルグでビジネス英語講座に通う予定です。はやり自分の英語力に自信がないとお仕事としては勿論お受けできないので、将来的には日⇔伊⇔英通訳として仕事ができるようになりたいと思い勉強を始めたばかりです。
pro-4-100511.jpg

Q.通訳を目指されている方へのアドバイスをお願いします。
私もまだ勉強中ですので、アドバイスできる立場ではありませんが、私は家で暇さえあれはニュースをシャドーイングするようにしていました。また、日本語の本を沢山読んでいると、自然といい文章、訳がすらっと出てきたりするんですね。ですので、日本語力を鍛える為に多くの本を読んで、言い回し、言葉などこつこつストックするようにしています。
今インターネットでイタリア語の国営放送も見れますし、世界中どこにいても勉強できる時代ですからね。実際にイタリアに留学経験のないイタリア語通訳者にもお会いした事があります。イタリアにいなくても、本当に勉強しようと思えば、どれだけでも勉強できる環境は自分で作れるんです。

編集者後記:
 とっても気さくで明るくて、素敵な方でした。アメリカへの興味から始まり語学が好きになり、服飾から始まりイタリアの文化に興味を持ち、そしてそれがうまく組み合わさりイタリア語通訳者となり大好きな服飾分野でもご活躍されている。(そして旦那さまとドイツで生活)本当にうっとりする様な素敵なお話を聞くことが出来ました。何でも一所懸命に頑張れば結果が出て、そしてそれがうまく結びついたりするんだな〜と思いました。貴重なお時間・お話を本当に有難うございました。


Vol.26 ロミ 眞木子さん「言語と文化はつながっている」

【プロフィール】
ロミ 眞木子さん Makiko Lommi
フリーランス通訳・翻訳者。フィンランド、ヘルシンキ在住。
上智大学外国語学部ロシア語学科卒業
ビリニュス大学言語学部リトアニアン・スタデーィズ修了

2010年のお正月休みを利用して数年ぶりにご家族と帰国されたロミ眞木子さんに色々とお話しを伺いました。IKEAやH&Mの日本進出もあり、今やブームの域を超えて日本でもすっかりお馴染となった北欧カルチャーの発信地のひとつでもあるフィンランドに渡ったいきさつ、言語や学ぶことへの情熱を熱く語っていただきました。
pro1-100414.JPG

Q . ロミさんが翻訳と深くかかわるようになったきっかけを教えてください。

子どもの頃、家の近くで英語を習っていました。そのお陰なのか、昔から英語の成績が良く、また母の影響で世界各国の映画を見るのも好きで高校生の時から周囲に「将来は字幕翻訳でもやったら?」と言われながら、そのまま上智大学のロシア語学科に進学しました。

上智在学中に、ある国際映画祭で行われたシンポジウムの内容を翻訳する機会をいただき、さるドキュメンタリー映画に字幕で使用されました。それはその時限りで終わったのですが。

卒業後は損保会社に勤務し、保険、金融の分野を中心に英語と関わる業務をしながら損保協会で開催される貿易英語やコレポンのセミナーに参加したり、会計英語をかじったりしながら地道に英語の勉強は続けていました。

そんな中で、ぼんやりと1〜2年留学してみたいな、と思い始め、英語圏に行くことも考えたのですが、大学でロシア語を勉強してロシアやバルト三国に興味がありましたので、会社を辞めて1998年にバルト三国のひとつ、リトアニアに留学することになりました。留学は1年の予定だったのですが、政府奨学金がいただけることにもなり、また留学先のビリニュス大学で日本語講師の仕事もやっていたのでもう1年いることになり、合計2年いました。

2年目にひょんなことからある翻訳会社さんに登録しませんか?と声をかけていただき、一時帰国中の出向やオンラインでお仕事をいただく機会に恵まれました。また、留学中に現在のフィンランド人の夫と知り合い、リトアニアからフィンランドに渡り、フィンランドで文化事業団体のインターン勤務などを経て本格的に翻訳を始めるようになりました。

pro2-100414.JPG

Q. いつごろから翻訳を職業にしようと思われたのですか。

ヨーロッパに来てから翻訳会社さんに声をかけていただく機会が増えた頃からでしょうか。正直、初めは受身的な気持ちも半分で、それほど高い職業意識があったとはいえなかったと思います。それでも、お仕事が増えるにつれてもっと勉強を!となり、自分からも翻訳会社さんにアプローチしていくようになりました。幸い、自分自身、語学を勉強してきたので、外国語の勉強方法も知っていましたし、言葉というものはいつも文化と繋がっていますので文化についての勉強方法も知っていました。そういった地道な努力をヨーロッパに渡ってからは欠かさずやってきましたね。また、フィンランドにいる自分がやっているものはこれだ!と誰にでもわかってもらうには「翻訳」という選択肢は非常にわかりやすいな、とも考えるようになりました。また、子どもたちのことを考えると自然に翻訳を仕事にしていくというスタイルになっていきました。さらには、フィンランド国内からも翻訳の依頼が来るようになったため、昨年フィンランドで翻訳事業者として正式に登録をしました。

Q. ロミさんにとっての翻訳の魅力を教えてください。
私、構文の分析が大好きなんです。難解になればなるほど燃えると言いますか(笑)分析をしてその英文を自然な日本語に置き換えていく作業自体がすごく楽しいところが魅力ですね。

もうひとつは、ご依頼いただく文書の内容でしょうか。時代の流れをいち早く知ることができるように感じるところです。もちろん、全て機密事項ですが(笑)いただく原稿で時代を知ることができますね。そして、自分もその先端にいると感じるだけでなく、そこで自分も何かをしているんだと思えることは本当に魅力的で興味深くもあります。

Q. 翻訳以外のお仕事も幅広くご活躍されているようですが具体的にお話しを聞かせてください。

日本からフィンランドへいらっしゃる方へのガイドや通訳などをしています。フィンランドへ視察や調査にこられる方に通訳のお仕事をさせていただく機会が出てきたため、まずは2年ほど前に公認ガイドの資格を取りました。もちろん、観光客へのガイドもやっていますし、フィンランド滞在中に急な病気や怪我に遭われた方への医療通訳もしています。翻訳という仕事は人と会わない時間が多いので、それでバランスをとることにはなっているかもしれません。また、フィンランドに移った時に、できることは何でもやっていこう!と思っていましたし、いただくお仕事は基本的に全て引き受けるというスタンスでしたので。でも、特に通訳を通して色々な方にお会いすると、自分にはまだまだ通訳技術の勉強が必要だなと感じます。その他にもいろいろな仕事をしてきましたが、すべての精度を同じように上げていくことは少し難しいと感じているので、今後、仕事は多少淘汰されていくのかなとも感じています。例えば、以前はメディア関係のコーディネートなども承っていましたが、最近は時間的な都合でお引受できないケースも出てきています。また、2006年から、毎週土曜日にこちらの日本語補習校でフィンランドに在住する日本人の子どもたちに国語を教えていたのですが、大変残念ながらこの3月一杯でお休みをいただくことになりました。

Q. ロミさんの今後の目標や夢をお聞かせください。
やはり、言語を軸にクライアントのニーズに合わせたサービスを提供し続けることでしょうか。翻訳はやっぱりサービス業だなとつくづく思います。専門性の高い仕事ですが、クライアントあっての仕事なのでやはりクライアントに満足していただかないと意味がないですから。

翻訳以外では、今年からフィンランドでの通訳者の資格コースに通っています。様々な公共の場、例えば病院や警察、裁判所などですが、いろいろな方にそのような場所であまりお会いしないほうが良いのですが、そういった公共性の高い場で精度の高い通訳をするための資格です。その資格をとることが今の目標ですね。また、最近は広告関係や文芸翻訳など人目に触れるような翻訳依頼も多くなってきましたのでそれをより良いものに仕上げていくことも目標ですね。長期的な夢としては、また大学に行って学位を取りたいと思っています。子どもと一緒にでも(笑)

pro3-100414.JPG

Q. 最後に翻訳者を目指している方へのアドバイスをお願いします。

翻訳者というのは極端な話ですが、自分が今日から「私は翻訳者です」と名乗ればできます。でも、翻訳をやるからにはその成果物をお客様へ「きちんとした商品として出せるのか?」ということは常に頭に入れておくべきだと思います。さきほども言いましたが、翻訳はクライアントあってのサービス業だと考えるからです。
また、これは私の座右の銘のようなものでもあるのですが、「言語の専門家を名乗る時、その人はその言語が生まれた背景、文化、社会、歴史に通じている」と。それを前提にして言語に関わると、自分がどこまで何を知っていて、何を知らないのかがおのずと見えてきます。それはまた自分の得意分野も知ることにも繋がります。だから、目先の仕事が欲しいというだけでなく、今申し上げたようなスタンスを持つと翻訳の基礎体力のようなものがついてくると思います。また、言葉に対峙するとはどういうことかという心構えを最初に作ってみるのもいいと思います。最後は、ソース言語とターゲット言語についてきちんと勉強することですね。特に私同様、海外にいらっしゃる方は自分の日本語力が見えてこなくなることがありますので意識して勉強されてみてはどうでしょうか。

編集後記
大きな瞳をクルクル動かしながらよく通る声でお話しされる姿がとても印象的でした。どこにそんなパワーがあるんやろ?と思ってしまうほど小柄なロミさんから想像もできないほど行動力に溢れたエピソードには思わずこちらが脱線して質問してしまうほどでした。言語と真摯に向き合い、ロミさんにしかできない通訳・翻訳とは何かを常に模索しながらも、異国でご自分のアイデンティティを確立なさっている生き方は大いに刺激になりました!お忙しい中、本当にありがとうございました。


Vol.25 山中 きよみ さん「仕事は魂を入れる」

今回ご登場頂くのは、フランス語通訳・翻訳者の山中きよみさんです。語学に興味を持たれたのは何と!4〜5歳の頃だったとの事。そんなおしゃれな山中さんのフランス・ニースでの素敵なお話をはじめ、通訳・翻訳のお仕事の奥深さなど、貴重なお話をたくさんして下さいました。

プロフィール  山中 きよみ さん Kiyomi Yamanaka

フェリス女学院大学英文科卒業。アテネ・フランセ(語学学校)にてフランス語を学んだ後、 渡仏しニース大学語学機関にて更に仏語を学ぶ。帰国後、仏系電気会社、仏モード誌の出版社、仏系化粧品会社などを経てフリーランスの通訳・翻訳者となる。 現在でも通訳をメインに幅広い分野にてご活躍中。


Q.語学に興味を持たれたのはいつ頃からですか?
 4-5歳の頃だったと思います。その頃、近くに英語圏の夫婦が住んでいたんです。それで英語の響きが面白くてよくペ ラペラ〜と音を真似していました。友達とおままごとする時も、よし!今日は英語でしゃべろう!とか言って、意味をなしていない英語(のつもり)でしゃべっ ていましたね(笑)。中学校から英語を習い始め、最初はわりと得意だったんですが、段々不得意になってきて・・大学も英文科でしたがしまいには赤点でした ね。それでももともとは語学にすごく興味があったのだから、英語が話せるようになりたいと思って英会話教室に通ったり色々と試しましたが全然駄目でした ね。
Q. いつ頃からフランス語に興味を?
 英語がいくら頑張っても出来なかったこともあって、英語は諦めました。フランス語は「星の王子さま」がきっかけです。10代のころですがこの本を読んで ものすごく感動したんです。それがフランス人の作家だと知って、フランス語というかフランス人の考え方・哲学のようなものに魅かれたのが始まりでした。大 学進学の時も本当は仏文科に行きたかったんですが、優等生の子しか受験させてもらえなかったので、それで仕方なく英文科に入りました。その後、ちょうど大 学2年生の時、お茶の水の小道を歩いていたら目の前に紫色の建物が現れました。珍しいので何の建物かと思い中に入ったらフランス語の学校でした!(アテ ネ・フランセでした)。もうびっくりでした。フランス語の学校があったんだ!(その当時はフランス語学校があることすら知らない世間知らず(?)でし た・・それを探すほど積極的な生き方もしてなかった・・)。運命の出会いというしかありませんでした。大学でも第2外国語でフランス語をとっていました が、授業中に居眠りしたり(笑)それこそ赤点をとっていましたね。アテネ・フランセに通いはじめて改めて本格的に勉強を始めました。最初の1年は楽しく て、集中して勉強しどんどん伸びていきましたね。2年目になるとだんだん勢いが落ちてきて、だらだらなりながらもどうにか最終課程まで修了させました。そ の後、フランスに留学しました。
Q. 念願のフランスでのお話を聞かせて下さい。
 夏期講習から行ったんですが、海と太陽が好きだったので、南の海側がいいな〜と思っていて、そしたらモンペリエにいい大学があるからと言われて行きました。
行く前に、友達とお別れ会と称した飲み会をガンガンやっていたら、いざ飛行機に乗ると風邪をひいてしまって、パリに降り立つ頃には38度位の熱があってフ ラフラでした。パリで1週間滞在して南に行く予定でホテルをとっていましたが、1週間ホテルのベッドに倒れ込んだままでした。ホームシックにもなるし・・ ビックリなスタートでした(笑)。その後モンペリエに行ったらすっごい田舎で、東京で生まれ育った私には衝撃的でした。いや〜すごい所に来てしまった・・ と思いましたね。自分が思い描いていたフランスのイメージとは程遠い感じだし、田舎なので日本人が珍しくてじろじろ見られるし、夏の終わり、9月にはもう 北風が吹くし(ミストラルという有名な冷たい風です)、うすら寂しくなりました・・。ニースに移ってからやっと立ち直って元気になりましたね。大学は丘の 上にあってお教室からは海が見渡せるので授業中はボ〜っと眺めてました。学校に行く時も麓から高級別荘街を通りながら丘を上がって行くのですが、ブーゲン ビリアやミモザの花が咲き乱れ、本当にきれいな場所で、夢の世界みたいでした。最初はニースに1年くらいいて、後はパリにでも移ろうと思っていたのです が、あまりにも居心地が良かったので、まるまる4年間居着いてしまいました。
Q. フランスでの苦労談はなんですか?
 いや〜すっごく苦労しましたよ(笑)。最初に筆記試験を受けて最上級クラスに入ってしまったものの、クラスに日本人は私1人で他はみんなヨーロッパのフ ランスに近いイタリア人・スペイン人などでけっこう話せるんです。その中で1番苦労したのは友達関係ですね。やっぱり言葉が話せなくて言いたいことも言え ない・聞いても分からない状態というのが一番辛かったですね。
Q. 通訳・翻訳者になろうと思ったのはいつ頃からですか?
 帰国後はフランス系企業に勤めました。その業務の中で自然と通訳・翻訳業務をするようになり、学校に通い始めました。そこで翻訳の仕事を頂いていまし た。フリーランスになろうと思ったのは、ただ単に会社勤めがいやになったんです(笑)。その時にちょうど、フランス映画の字幕翻訳のお仕事を頂き、すごく 打ちこめたんです。それでやっぱりこっちの方がいいやと思ってフリーになりました。当時は翻訳の仕事がメインでしたが、今は圧倒的に通訳の方が多いです ね。
Q. 失敗談はありますか?
 沢山の人前で、簡単な挨拶の通訳をした時、緊張で頭真っ白になって何も聞こえなくなったことがありましたね。どうやってやり抜いたのか覚えていませんが、確か3名体制だったので、きっとパートナーの方が助けてくれたんだと思います。
Q. 山中さんにとっての通訳の魅力を教えて下さい。
 何といっても色々な分野や素晴らしい方々に出会えることですね。自分では目を向けていなかった事や出会えなかった人に、仕事を通して出会えるのが通訳の醍醐味だと思います。
Q. 通訳の難しさはなんですか?
 分野や人との相性もありますが、話し方というのは人それぞれで、話し方によって、うまく自分の頭の細胞に入って来るときとどうもうまく入って来ないとき がありますね。そういう時はやりずらさを感じますね。人との相性は自分ではどうにも出来ないことですものね。仕事中は特に何を感じるわけでもなく本当に集 中していますが、逆にゆったりとした仕事の場合の方が、時間が過ぎるのが長いので疲れを感じますね。贅沢な悩みですけど(笑)。
Q. もし通訳になっていなかったら?
 最初は料理人になりたいと思っていました。フランス留学をした時、バイトでガイドの仕事をしたのですが、ラッキーなことに高級レストランへ行く機会が結 構ありました。そこで覚えた味を真似して、自分で作ったり、やはり料理の好きな友達と作りあったり、していましたね。今でも料理は大好きで和食よりもフレ ンチもどきやイタリアンのほうが得意ですね。仕事で食品関係もするので、その時に食材を頂いたりして嬉しくて色々な食材を試して料理をします。ワインも大 好き。なので試飲会の仕事は嬉しいです!プライベートでも行きますし。フランスの食生活は、留学した当初から本当に肌にあっていて、日本食が恋しくなるよ うな事はまずなかったんです。
Q. 山中さんの息抜きは何ですか?
 息抜きは、時間に縛られずに好きな時に好きな事をすることですね。あとは体のリフレッシュにホットヨガに通ったり、簡易ジムに通ったりしています。気持 ちがいいことをすることがいちばんの息抜きですよね。体にいいこと・自然にいいことをすることが、今私にとっていちばん気持ちのいいことなので、食生活で も、出来るだけオーガニックの食品を使うようにして(使うことで生産者への支援にもなるし)、大好きな料理をし、エコな生活を心がけています。
Q. 今後の目標・夢はなんですか?
 通訳や翻訳と違うことを将来やりたいなと思うこともありましたが・・でも考えるとみんなプロでやっている世界なので、そこに入っていくのは難しいですよ ね。どんな仕事でもプロになるまでがどれだけ大変かがわかるので、自分の仕事としては、通訳・翻訳しかないと思っています。本当は翻訳が物凄く好きなんで すが、元気な時期に翻訳ばかりしていると閉じこもりになり気分があまりよくないので、外に出る通訳の方が今は好きです。後々は翻訳をメインにやって行きた いですね。
Q. 通訳・翻訳者を目指す方へのアドバイス
 通訳でも翻訳でも魂を入れる事がポイントかなと思います。技術だけではなくて、魂で当たれば怖くない!っじゃないですけど(笑)。私は技術的に高い方ではありませんが、通訳・翻訳でも魂を入れればどうにかなるかなと思います。
通訳であれば、話している本人になり変ったつもりで考えるといい通訳ができるし。翻訳であっても、書いた本人になり変って訳すと本当にいい仕事が出来ると 思います。 またそれとは別に、商談通訳の場合ですが、相手の言っていることだけを通訳していても話がまとまらないことがあります。話の方向性を見ながら、クライアン トにどういう方向性でいきたいのかを最初に確認する。教えてもらえない時は、読み取ることが大切だと思います。商談の場合、何かが成立する事が目的ですか ら、その成立に導くように人の話を向けるのも通訳の技術の1つですよね。ただただ、言われた事をそのまま訳すだけだと、成立するものも成立しなかったりし ますし、それは残念なことだと思います。いつも上手くいくわけではないですが、そういう心がけも必要ですよね。
【山中さんの必需品】
  • 目薬 (コンタクトでドライアイとの事)
  • リップクリーム (話しっぱなしで唇が渇くと話しづらくなるため)
  • 手鏡 (食事の後など、トイレに行く時間がない時はさっと身嗜みを確認できるように)
  • チョコレート (腹が減っては戦はできぬし、糖分は頭の働きを助けるし、何よりも、大好きなチョコレートをかじると精神的に落ち着く、から)

編集後記
 まさにパリジェンヌ!と私の勝手なイメージですが、本当にオ シャレで素敵な方でした。夢のような町・二--スのお話や、ご趣味のお料理のお話では、私の個人的な興味で首を突っ込んで色々と聞いてしまいましたが、本当 に気さくにご対応頂き、まさにカッコイイ女性といった感じでした。また、アドバイスで、商談通訳の際に話の成立に導く通訳をする。というお話を聞き、改め て通訳という仕事の奥深さ、難しさを教えて頂きました。


Vol.24 神崎 龍志さん「常に自分は不完全という気持ちで」

今回は中国語通訳者の神崎龍志さんに話をお伺いしました。現在、トップクラスの通訳者として活躍する神崎さんですが、社会人になるまでは通訳という仕事に目を向けていなかったとのこと。それが今では、通訳を天職と感じているそうです。神崎さんのプロ意識の高さ、そして留まるところを知らない向上心をひしひしと感じたインタビューです。

プロフィール  神崎 龍志 さん Tatsushi Kanzaki

10歳から14歳までを中国・北京で生活する。東京外国語大学中国語学科卒業後、銀行に就職。退職後、サイマルアカデミー同時通訳コースへ入学。修了後、フリーランス通訳の道へ進む。現在、フリーランス同時通訳者、サイマルアカデミー講師として活躍中。その他に、エッセイ執筆、中国語ナレーションなどもおこなっている。


Q.子供時代に中国で生活していた頃のお話を聞かせて下さい。
 両親の仕事の都合で、10歳から14歳まで北京で過ごしました。
 現地の小・中学校に通ったのですが、最初は中国語が全く話せずもどかしかったです。ただ、外向的な性格だったので、初めて学校に行ったその日から中国人の同級生たちと身ぶり手ぶりを交えて積極的にコミュニケーションしていました。そのせいもあってか、幼少時に私たちが自然と日本語を覚えていくように、中国語も自然と身につけることができました。母が言うには、約半年で中国語を習得できていたようです。
Q. 帰国後さっそく中国語関係でご活躍されたそうですが。
 帰国後、間もなくNHK教育番組「中国語講座」に、中国人の子役として2年ほど出演しました。非常に貴重な経験でした。
Q. 大学でも中国語を専攻されていますが、
  その時すでに将来の職業として通訳を視野にいれていましたか?
 当時は通訳という仕事は全く意識していませんでした。自分の中国語はせいぜい中学生の会話レベルだったので、中途半端なままではいけないと思い、大学ではもう一度しっかりと中国語を勉強したいという気持ちがありました。自分が幼い頃から母(神崎多實子氏)が中国語通訳をしていて、父も中国関係の仕事をしていたので、通訳という仕事に関しては、むしろ反発を感じていました(笑)。当時は、両親とは全く違う道に進みたいと思っていましたね。
 大学卒業後、先輩の誘いをきっかけに銀行に就職しました。けれども自分には向いていないと思い、一年ほどで辞めてしまいました。その後、しばらくは自分にはどんな職業が向いているのか、何がしたいのかと悩みましたが、結局、通訳者を目指し、学校に通うことにしました。
Q. 通訳になるための勉強で、一番苦労したことは何ですか?
 大学時代にすでに通訳らしきこともやっていたので、中国語には相当な自信を持っていたのですが、いざ通訳学校に入ってみると、会話がいくら達者でも通訳ができるわけではないことがすぐに判りました。同通コースで学んでいて、確かに少しずつスキルは上がっている実感はありましたが、実際、現場に出てみるとそこは全くの別世界、要するに全然ダメでしたね。
 会話は問題ないのだから、あとはセンテンスの中に専門用語をはめ込んでいけば流暢に通訳できるのだろうと安易に考えていましたが、実際にはそんなに甘いものではありませんでした。覚えるべきことは、大量の単語以外にも独特な言い回しやフレーズが無数にあり、とても一朝一夕で身につくものではありません。また、会議の準備のやり方にしても、経験を積まないうちはツボの押さえどころがなかなか把握できませんでした。
 ただ、現在は私が通訳を始めた10数年前とは違って、インターネットで検索ができるので、こと情報収集に関しては飛躍的に便利になりましたね。
Q. 毎回、仕事でどのくらいのメモを取るんですか?
 会議の分野や難易度にもよりますが、1回の仕事で、5号という小さなキャンパスノートにして平均10ページぐらい書き込みます。1ページに18行あるので、最低でも18個の日中対訳の単語やフレーズを書くようにして使っています。
Q. 毎回、新たに覚えるべき単語がそれほどたくさん出てくるということですか?
 会議に臨む前に、当然のことながら頂いた資料をもとに、ひと通り新旧の単語を整理しておきます。ただ、どんなに一所懸命準備しても、記憶の曖昧な単語が、現場で必ず出てきます。そういう時に単語帳の助けを借りるわけです。
 あとは、与えられた仕事で、せっかく知らない単語やフレーズに出会えたのに、メモして残しておかないともったいない、言葉がいとおしいという心理が働いてしまうんです。だからそれだけの分量になってしまうんです。
Q. 単語帳を充実させておけば、準備万端で仕事に臨めるわけですね。
 完璧に準備するというのはなかなか難しいですね。会議には必ずと言っていいほど質疑応答やフリーディスカッションが入ります。当然、質問も応答も内容は全く予測不可能で、いつ知らない言葉が飛び出してこないとも限らず、毎回ハラハラドキドキです。万が一、意味不明な言葉が聞こえてきたら、すばやく辞書を引くか、同時通訳においても逐次通訳においても大抵、パートナーがいるので、メモ用紙にさりげなく書いて教えてもらうなどして、どうにかしてその場を切り抜けます。逆に、パートナーがつまずくこともあるので、そういう場合はこちらもすばやくメモして教えてあげたりします。持ちつ持たれつです。
Q.通訳する際に、特に苦労することは何ですか?
 中国語通訳の大変なところは、コンピューター、IT用語などが典型的ですが、日本人がカタカナ英語を多用し、それをひとつひとつ中国語に訳さなくてはならないことです。現在では多くの業界で、中国側も日本側も英語でPPT等の資料を作成してくるので、結局、我々はひとつの単語に関して、日本語、中国語、英語の三か国語を知っておかないといけないということになります。勿論、同じ分野の会議を繰り返し経験して、ある程度慣れてくれば、初めの頃よりは準備も現場でも手間は減ってきますが、苦労が完全になくなるということはありません。
 今でもそうですし、この先もずっとそうだと思いますが、毎回の現場が仕事の場であると同時に、学びの場でもあります。常に自分はまだ不完全である、もっとうまく訳せるはずだ、自然に表現できるはずだという意識を持って、日々新しい語彙や言い回しを身につけようと心がけています。
Q. 記憶に残るような失敗談はありますか?
 これは失敗談というより困ったことなんですが、以前、英語交じりの中国語で講演する台湾人の同通をした時のことです。当日、日英通訳者がいないにも関わらず、その方は自分の英語力を誇示したいのか、ひとしきりが英語でしゃべると、今度はしばらく中国語で、またしばらくすると英語で話を続けるという......本人は非常に気持ちよさそうでしたが、こっちははっきり言ってお手上げというか、冷や汗たらたらで、大迷惑でした(笑)。
 あとは、2年ぐらい前の会議で、講演者の方言があまりに強すぎて何を言っているのかさっぱり判らなかったこともあります。浙江省の人だったんですが、多少、訛っている人なら別に珍しくもないのですが、こちらが終始、ほとんど聞き取れないほどの訛りというのは未だかつてなく、忘れられません。
 また、テレビの生同通で、こちらは原稿がないのに、話者は原稿の棒読みで数字などを訳し間違えたこともあります。あまり思い出したくない記憶です。
Q. 通訳の魅力を教えて下さい。
 クライアントや参加者に喜んでいただけた時、喜びを感じます。会議通訳ならば、コミュニケーションが最後までスムーズにいけば、実に気持ちいいものです。
 また、自分の興味ある分野や得意分野の通訳は基本的に楽しいものです。特に、私淑している学者や芸術家などの通訳を仰せつかった時は、かなり興奮しますね。ただし、そういう方達がみな通訳しやすいようにしゃべってくれるかというと、それはまた別の話ですが。
 あとは、ここ数年、新聞やインターネットで、以前、通訳させていただいた方々の訃報に接することもあるので、通訳という職業をやっていたからこそ、この方達の生の声を聞くことができたと感謝しています。
 多くの分野の方達との出会いと、その中で貴重な話を通訳しながら間近に聞くことができる、それが通訳の醍醐味でしょうね。
Q. 将来の夢、あるいは目標を教えて下さい。
 もっとも身近なことでいえば、通訳能力をさらに向上させていくことです。
 また、サイマルアカデミーで教え始めて数年になりますが、最近ようやく教えることの喜びも感じられるようになってきたので、後進の通訳者の育成にも力を入れていきたいです。
 それから自分の通訳経験をもとに、しっかりと情報を蓄えながら、現場に出なければ書けないような内容の濃い通訳教材をいずれ出してみたいです。

Q. もし通訳者になっていなかったら、何をしていたと思いますか?

 ミュージシャンを目指していたでしょうね。昔から音楽が好きで、打楽器、弦楽器、民族楽器、電子楽器などはすでに結構、買い込んでいます(笑)。ここ数年間は三線、ウクレレなどを使って仲間と沖縄民謡のライブをしています。今後も、時間の許す範囲で音楽活動を続けていきたいです。
Q. 趣味や息抜き方法を教えて下さい。
 ウォーキングと読書(最近は海外ミステリー)、あとはやっぱり音楽鑑賞と楽器演奏です。仕事に打ち込むのは当然のことながら、趣味も充実させることができれば最高です。

【神崎さんの所属バンドのCDジャケット】


*こちらのURLでも試聴可:http://web.me.com/hidemix2/sanshin/Recording.html
Q. 通訳を目指されている方へのアドバイスをお願いします。
 通訳は、相手と会話ができて、通じさすればそれでよいというわけではないのですから、日本人にとっても中国人にとっても、発音がとても大事だと思います。通訳の発音が不正確だと、現場でのコミュニケーションに齟齬が生じる可能性も出てくると思うので、きちんと自分の発音を矯正してくれる人(ネイティブ)が周りにいるといいですね。発音は、語学学習の基礎段階で散々やったから、いまさらやる必要はないというのではなく、中級・上級になっても発音のチェックは怠ってはいけないと思います。
 また、用語やフレーズを聞いて判ることと、それらを自分の言葉として現場で自然に使えることというのは全く別の事柄だということを強く意識しながら、独自の単語帳やフレーズ集を作って表現力を高めていくことが、上級クラスを目指すためのポイントだと思います。
 厳しい世界なので、誰でも頑張れば必ず通訳になれますよなどとはとても言えませんが、短期間ではなく、5年、10年、20年と長期にわたって頑張っていく覚悟のある人であればいつか通訳になれるかも知れません。この職業は、現場での経験を積めば積むほど自分の至らなさが明確に見えてきますから、その分、レベルアップするためのポイントもはっきりしてきます。同時通訳を15年以上続けてみて感じるのは、毎年、自分がどの程度、進歩したのかかなり実感することができるようになってきたということです。失敗を恐れず、むしろそれを栄養分にしながら持続していくことが大事だと思います。
【七つ道具の電子辞書と単語帳】

  • 電子辞書:日⇔中(和英、英和辞書搭載のもの)

神崎 龍志さんへメールを送る
  • 弊社から転送させていただきます。
  • 件名には「●●様」と宛先人を明記してください
  • 内容によっては転送できませんので予めご了承ください

編集後記
 通訳者として、そして講師としての両方の立場から話をお伺いしましたが、本当に素晴らしい講演を聞いたような気持ちになりました。インタビュー後、神崎さんの所属するバンドの音楽も聞かせていただきましたが、これまた完成度の高さに驚かされました。本当に聞き入ってしまう素敵な音楽でした。仕事でも趣味でも、本当に真剣さがうかがえます。


Vol.23 梁 美善さん「語学から広がる可能性」

今回は、韓国のソウル在住、韓日通訳者の梁美善さんにご登場頂きます。韓流ブームの今、より幅広い分野にてご活躍され大忙しの梁さんですが、来日した際にテンナインに遊びにきて下さいました。その時にちゃっかりお願いし、たっぷりお話をお伺いしました。


プロフィール  梁 美善さん Yang Mison

 韓国ソウル生まれ。韓国外語大学の日本語科に進学し、在学中に早稲田大学に国費留学する。大学卒業後、韓国外語大学通訳翻訳大学院日韓科進学。卒業後に通訳者デビュー。フリーランス通訳として仕事をする傍ら、KBS放送アカデミーアナウンサー課程、淑明女子大学生涯大学院カウンセリング心理学を終了。現在でも仕事と勉強を両立させ、更にご活躍の幅を拡大中。



Q. 日本語に興味を持たれたきっかけは?
 子供の頃から語学の勉強が大好きで、英語、フランス語など様々な語学の勉強をしていました。外国語でコミュニケーションをとる面白さ、新しい言葉を覚えて使ってみる楽しさがありました。もちろん大学でも外国語を専攻したと思っていて、英語にしようか日本語にしようか迷ったんです。ただ、英語を勉強している人や話せる人は沢山いたので、せっかく一生懸命頑張るならあまり沢山の人がしていない事を勉強し、自分の特技にしたいと思い日本語を専攻しました。
実は父が昔からおもちゃを作る会社を経営していて、日本のおもちゃを参考にしようと、よく日本に出張していたんです。その時に持ち帰ってきた日本のおもちゃが沢山あり、子供ながらに日本に対する憧れ、親近感のようなものがありました。
子供の頃から日本に良いイメージを持っていたので、とても楽しく勉強する事が出来ましたね。
Q. 日本語の勉強で一番苦労された事は?
 日本語を話すのは大好きだったので、そっちの授業は得意でよい評価を頂いていました。しかし漢字はやっぱり大変でしたね(笑)日本語の勉強で一番退屈した部分です。また文学の授業は本当に難しくて、自分には向いていないんじゃないかと思った事もありました。
それでも諦めようと思ったことはありません。辛くても好きだったので楽しみながら勉強する事が出来ました。
Q. 通訳者になりたいと思ったきっかけは?
 大学3年生の時に、開かれたテジョン博覧会で、日本語アナウンサーを募集していたので応募したら、運よく受かったんです。その時に通訳の仕事もいいかな〜と思うようになりました。また、NHKの特集で戦争の時に韓国の家に嫁いだ日本人妻のドキュメンタリーのレポーターをしました。久しぶりに日本の家族と再会した時に思うように日本語が出てこなくて、すがるように私の顔を見てきたんです。その時に、私が出来る日本語を通じで多くの人の役に立てる事を実感しました。その経験がきっかけで、通訳者になろうと決めました。
Q. 通訳の仕事の面白さ、遣り甲斐を感じる時は?
 通訳という仕事は様々な分野・人に出会えることが常に自分に刺激をくれ、活気づけてくれます。ビタミン剤のような感じですね。また、一度仕事をした人と連絡を取り続けてネットワークも広がりますし、大好きな出張も楽しみの1つですね。
頂いたお仕事はほとんど楽しくて、通訳をすることで多くの人の役に立てた時、社会や国家に貢献出来たと思える時など、とても遣り甲斐を感じます。しかしあまりにも対立した内容、例えば韓国人と日本人の間に立った裁判や、韓国と日本の歴史の通訳などをする時は1つ1つの言葉の重みを感じながら仕事をしています。
Q. お仕事をされる上で心掛けている事は?
 報酬を頂いている限りは、毎回ベストを尽くして自分が納得する仕事をしなければお客様に申し訳ありません。またお客様からも期待されて当然なので、その点をいつも心にとめて仕事をしています。また、3〜4日連続、朝から晩まで仕事をする事もありますし、出張もはいりタイトスケジュールになる事も多々あります。その中で毎回自分が納得のいく仕事をする為には、体力付けをしてベストコンディションを維持するように心がけています。それとこれは通訳の仕事以外の事でもそうですが、昔からずっと心掛けている事で、チャンスに恵まれた時は戸惑ったり迷ったりしないで、とにかくチャレンジします。チャンスというのは常に準備をしていた人に訪れると思うんです。もちろん中には無理をし過ぎてしまった事もありましたが、結果的には自分の為になったと思います。
食生活では、出来るだけお肉よりも魚や野菜を食べるようにしています。仕事中は頭と口しか動かさないので、出来るだけ消化の良い物を選んで食べますね。あと水は沢山飲むようにしています。
Q. 通訳のお仕事で大変なところは?

 会社員やインハウスと違って、フリーランスの通訳者は一度限りのお仕事、お付き合いになる場合が多いので、それだけ多くの出会いやチャンスがあることが魅力でもあり、逆に少し寂しいところでもありますね。また一度限りのチャンスで自分を評価されてしまうのでとても難しいところです。景気が良くて仕事が沢山ある時期や季節はとても充実していて楽しいですが、逆に不景気のシーズンですとブリーランスは自分で営業をしながら仕事を得なければいけません。そこが大変ですね。

Q. 今までのお仕事で失敗談はありますか?
 製品名や人名を間違えて訳してしまった事などがあります。それ以外では、通訳環境に合わせた服装をしていなかった為に、辛い思いをした事がありましたね。例えば、通訳ブースの中は熱かったり寒かったりするので、自分で温度調節出来る服装をして調整しなければいけません。しかし、たまたまブース内が暑かった時に、とてもジャケットを脱げないようなインナーを着ていたので、汗びっしょりなりながら通訳をした事があります。その他、2002年ワールドカップ組織委員会について通訳をした時に、未完成の埼玉スタジアムにハイヒールで行ってしまって・・・工事現場の足元の悪いなか歩きましたね(笑)。
自分の仕事をする環境は事前に入念に調べてそれに備える事が大切ですね。
Q. お仕事以外のご趣味や息抜き方法を教えて下さい。
 体力づくりと健康のために、水泳に通っています。この趣味はもう10年以上になりますね。週3回、各50分程泳いでいます。通訳の仕事でも長時間立ち通しや話っぱなしの時が多いので、水泳は肺活量を鍛えるのに最適なトレーニングになります。ただ全身運動なのでスリムにはならないですよ(笑)。やはり部分的に引き締めたいと思う時は、ジムで筋トレをしないとシェイプアップは出来ないですね。
Q. もし通訳になっていなかったら?
 小学校の卒業文集で、将来はアナウンサーになりたいと書いていました。
実際は語学を専攻して大学でも勉強をしていたので、アナウンサーになるための学校や試験は受けませんでしたが・・。しかし、私は通訳になった後に、アナウンサーアカデミーに無理にお願いをして通いました。分かりやすい発音、話し方などを勉強すれば通訳の仕事にも生かせると思ったからです。通訳になってみると、語学が出来ることで様々なお仕事でお声掛け頂けるんです。私の知識、経験を生かした本の依頼やテレビ、DVD教材の講師もその1つです。通訳をして色々なチャンスに恵まれた時に活かせるように、直接通訳と関係なくても、自分の興味のある事を沢山学びました。講師になるためのレクチャー教室や、イメージコンサルティング(言葉遣い、メイク、姿勢、服装に気を付けて自分の魅力を引き出すための勉強)の講座にも通いましたね(笑)。通訳は、言葉を訳すスキルだけではなく、自分自身が商品になりますからね。語学と同じくらい、自分を磨くことは大切だと思い、色々なことに挑戦しているので大変充実しています。
Q. 将来の夢はなんですか?
やりたい事が沢山あり過ぎて無限大ですが・・(笑)。
今は日韓通訳をしていますが、今後もっと英語の勉強に力をいれて、日英・英日・日英韓通訳を出来ればと思っています。勿論、自分も日本語を勉強してきた中で、1つの語学を取得するのがどれだけ大変なことは分かっていますが、語学の勉強がとても好きなので諦めずに頑張りたいですね。既に英語の学校には通い始めています。
また、今実際に韓国人の為の日本語教材や、日本人の為の韓国語教材の製作に取り掛かっています。将来的には自分の語学力だけではなく、今までの経験を活かし後輩へのアドバイスをマニュアル化した教材を作って、通訳者を目指している方に役立てて頂ければと思います。さらにそのゴールとして、通訳スキルだけでなく、マナーや振る舞いなど全てを教える事が出来る学校を作りたいと考えています。
Q. 通訳を目指されている方にアドバイスをお願いします?
 花火大会で花火を見ると、夜空にびっしりとイロトリドリの花火が待って本当にきれいですよね。その綺麗な花火を見せるためには、花火師さんたちが時間をかけて、汗びっしょりになり、リスクを負いながら仕事をしています。それと同じように、どんなに華やかに見える通訳者でも、花火師のようにコツコツと一生懸命頑張っていた時期が必ずあるんです。そこを超えないと本当にきれいな花火にはなれないですからね。私も学生の頃は、泣きそうになるほど先生に怒られながら勉強していた時期がありました。本当に辛い時期は誰でもありますが、そこを乗り越えれば花火のようにきれいに開花出来る!と思ってその時の自分の姿を想像しながら頑張れば、勉強も苦ではなくなるかもしれませんよ。
【通訳として映画イベントでのお仕事風景】

【梁さんが講師として出演しているDVD】

ソウルの文化放送のスタジオで朝から晩までの撮影を、一度に3〜4本分とったとの事。
50分の物を取るのに、3-4時間かかり、その間は立ちっぱなしだったようです。

梁 美善さんへメールを送る
  • 弊社から転送させていただきます。
  • 件名には「●●様」と宛先人を明記してください
  • 内容によっては転送できませんので予めご了承ください

編集後記
 外見もとても華やかでしたが、何よりも今のご自身、そして将来のご自身の夢をお話された時の表情がとてもキラキラしていて、自分の目標を見据えて実際に行動している方は本当に素敵だなと思いました。私からすればとてつもなく大きな夢でも、実際にコツコツと準備をされている梁さんが言うと、とっても現実的でした。スキルUPも勿論大切ですが、それと並行して自分磨きをサボってはいけませんね。





2 3 4 5 6 次 》


↑Page Top

Usefulお役立ちコンテンツ


お仕事情報
お仕事情報
通訳・翻訳お仕事Q&A
通訳・翻訳お仕事Q&A